人生は、履歴書どおりには進まない
🎧️神遊びの曲を作りました♪
よかったら聴きながらお読み下さい♪
大手不動産会社から、人材紹介の依頼を受けたことがある。
「同業種で、人事経験のある人を探してほしい」
ちょうどその頃、私の取引先だった中堅の不動産会社の人事課長が、転職を考えていた。
五十歳くらいだったと思う。
同じ不動産業界で長く人事の仕事をしてきた人だった。
私は彼を求人先の企業に紹介した。
同業種で経験も十分にある。
話はトントンと進み、彼は大手不動産会社へ転職することになった。
五十歳前後での転職としては、かなり恵まれた転職だったと思う。
ところが、彼が働き始めて数か月もしないうちに、その会社に一通の手紙が届いた。
彼について書かれた手紙だった。
後日、その内容を求人先の人事課長から聞いた。
手紙の主には、付き合っている女性がいた。
その女性と彼が関係を持ったという。
しかも彼は、以前の会社で派遣社員として働いていたその女性を、新しく勤め始めた会社に呼び、そこで関係を続けているというのだ。
手紙の主も既婚者。
彼にも妻がいた。
「御社のような大企業が、どうしてこんな社員を雇っているのか」
そんなことまで書かれていたらしい。
その後、彼は会社を辞めた。
私は心配になった。
五十歳くらいで転職し、わずか数か月で退職。
次の仕事を探すのは、簡単ではないだろう。
それよりも、
奥さんには、どう説明するのだろう。
そんなことを考えた。
彼と初めて会った日のことを、今でも覚えている。
彼が勤めていた会社の窓から、川が見えた。
話をしていると、一羽のスズメが水面に向かって急降下した。
それを見た彼が突然、
「きなこさん、スズメが飛び降り自殺した」
と言った。
そして、子どものように笑った。
明るい人だった。
誰とでもすぐに話ができ、初対面の私にも気さくに話しかけてくれた。
そんな人柄だったから、派遣社員の女性ともすぐに親しくなったのかもしれない。
本当のところは、私には分からない。
ただ、この出来事を聞いたとき、私は以前勤めていた会社で起きた、別の出来事を思い出した。
五十代の男性と、四十三歳くらいの女性がいた。
男性は総務部長のような立場で入社して、一年ほど。
女性は以前、大手派遣会社で教育を担当していたという経歴を買われ、東京で社員教育に関わる仕事を任されていた。
男性には妻子があり、女性は独身だった。
ある朝、
「二人がホテルから出てくるところを見た」
という人が現れた。
その話は会社にも伝わった。
男性は事実を認め、すぐに退職した。
ところが女性は、
「知りません」
と言い続け、そのまま会社に残った。
しばらくして、彼女は所長職として関西へ戻ってきた。
仕事を続けることはできた。
けれど、事情を知っている年配の男性は、男性の方が認めているのに「知らない」と言い続ける彼女を快く思わなかったらしい。
ことあるごとに嫌味を言われ、彼女は次第に職場にいづらくなっていった。
そして一年ほどして、
「親の介護のため」
という理由で会社を辞めた。
本当に介護が必要だったのかもしれない。
それとは別に、会社に居続けることが苦しくなっていたのかもしれない。
私には分からない。
ただ、二つの出来事を思い出すと、ときどき考える。
大手企業への転職が決まった男性も、
総務部長になった男性も、
社員教育を任された女性も、
仕事の上では、ようやく新しい場所を手に入れたところだった。
自分の経験を認めてもらい、新しい会社で新しい立場を与えられる。
きっと、うれしかっただろう。
仕事がうまくいき、自分が認められたと感じたとき、人は少しだけ気が大きくなることがあるのかもしれない。
それが三人に当てはまるのかどうかは、私には分からない。
けれど三人とも、ようやく手にした場所を、思いがけない形で失うことになった。
仕事と私生活は別だ、とよく言う。
確かにそうだと思う。
会社は、その人の私生活まで管理するところではない。
けれど、私生活で起きた一つの出来事が、仕事の中へ入り込んでくること
がある。
五十歳まで積み上げてきた経歴。
ようやく手にした役職。
長い時間をかけて築いてきた信用。
それらが、思いもしなかったところから崩れてしまうことがある。
人材の仕事をしてきた私は、そんな人生を何度か見てきた。
履歴書には、これまで歩いてきた道が書かれている。
けれど、これから歩く道までは書かれていない。
私は今でも、ときどき思い出す。
会社の窓から見えた川。
水面に向かって急降下した一羽のスズメ。
そして、
「きなこさん、スズメが飛び降り自殺した」
と、子どものように笑った彼の顔を。
あのとき彼は、数か月後に自分が会社を辞めることになるとは、
夢にも思っていなかっただろう。
人生は、履歴書どおりには進まない。
