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木曽十一宿ー第五話 奈良井宿

木曽十一宿 第五話 奈良井宿


☆15年以上、木曽路を車で行き来している私だけの木曽路☆

1. 木曽の大橋

奈良井は、私にとって「見た宿場」であって、まだ「歩いた宿場」ではない。

木曽の大橋には二度立ち寄ったことがある。

最初は、純粋に橋を見るためだった。

小雨の中、車を降りて写真を撮り、インスタグラムに投稿した。

二度目はまったく違う。

愛知から長野へ戻る途中、鳥居トンネルを抜けると雪になった。

これはまずいと思い、木曽の大橋の駐車場に慌てて車を入れ、そこでタイヤにチェーンを巻いた。

これで大丈夫だと思って再び走り始めた。ところが、少し走ったら雪がなくなった。

仕方なくまた車を停め、今度はせっかく巻いたチェーンを外した。

今となっては少し笑える話だが、鳥居トンネルを境に景色が変わったことはよく覚えている。

2. 通り抜け

奈良井宿の通りは、一度だけ車で通り抜けたことがある。

それだけだ。線路脇に保存されている機関車も、国道を走るたびに気になっている。

3. 奈良井宿

奈良井の先には鳥居峠がある。

江戸時代、奈良井宿は木曽十一宿の中でも大きな宿場として栄えた。「奈良井千軒」と呼ばれるほど、多くの旅人でにぎわったという。

その奈良井の位置を考えるうえで、鳥居峠は欠かせない。

江戸方面から京へ向かう旅人にとって、奈良井は鳥居峠を越える前の宿場だった。

ここで体を休め、峠越えに備える。

反対に京方面からやって来た旅人にとっては、峠を越え終えて、ようやく一息つける宿場でもあった。

つまり奈良井は、単に街道沿いにできた町ではない。

鳥居峠という難所とともに栄えた宿場だったのだろう。

4. 記憶

今は約2キロの長さの鳥居トンネルが、峠の下を抜けている。

それでも私には、ここが今も一つの境界のように思える。

そして、鳥居峠と雪にはもう一つ忘れられない記憶がある。

2014年2月の豪雪。

あの日、私は奈良井を過ぎたところで、雪崩によって完全に足止めされ、鳥居トンネルを越えることができなかった。

結局引き返し、塩尻から国道153号をひたすら走り、13時間かけて愛知へ戻ることになった。

江戸時代の旅人とは比べようもないが、道が新しくなり、峠の下にトンネルができても、鳥居峠が一つの境であることは変わらないのかもしれない。

その豪雪の記憶は、また別の機会に書こうと思う。

5. 観光地としていつか

奈良井宿はまだ、ゆっくり歩いたことがない。

いつかは峠を越える途中ではなく、奈良井を目的地にして歩いてみたいと思っている。

:tokisuke


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