見出し画像

【5】4回の手術と現場復帰——体が壊れても、止まらなかった

痔瘻です。正直、恥ずかしかったです。20歳の若い男が痔で入院なんて、誰にも言えなかった。でも料理人の職業病みたいなものでした。キッチンでは健康サンダルで歩き回るシステムで、冷蔵庫も冷凍庫もそのまま入る。体が冷えていたんだと思います。

手術して初めて知りました。肛門ってすごいんです。咳をしても、寝返りを打っても、何か動かしても、全部肛門に力が入る。普段は意識しない場所が、こんなに体全体を支えていたんです。

これが始まりでした。


31歳の時、人生最悪の経験をしました。

レセプションがありました。偉い方々の承諾を得なきゃいけない立場でした。だから自分が不在にできなかった。お腹が痛くても、その場を離れられなかった。

フランス料理大辞典でお腹を押しながら、レセプションをこなしていました。

その間に盲腸は破裂して、腹の中に広がっていたんです。

限界になって後輩に頼んで病院に連れて行ってもらったら、即車椅子に乗せられて入院でした。盲腸炎が腹膜炎・腸穿孔になっていました。

2ヶ月間、口から何も食べられませんでした。腸に穴が空いているから。栄養は24時間、鎖骨のあたりに刺した中心静脈の点滴から入れるだけ。料理人なのに、食べることができない。

正直、狂いそうでした。いや、狂っていたと思います。

太陽が燦々と輝く青空が、憎たらしかったです。外では普通に人が生きてる。なんで俺だけこんな目に遭うんだと。今思えば鬱になっていたんだと思います。でも後からわかりました。大病した人はみんなそう思うんです。「なんで俺だけ」という感情は、生きようとしている証拠だったんだと。


退院して職場に戻ったら、降格させられていました。

料理長はみんなの世話をする立場であって、みんなに世話をかける立場ではない——ということでした。悔しかったです。

そしてもう一つ気づいたことがありました。今まで頭を下げてきた人間が、降格した途端に上から目線になっていた。これが手のひらを返すということか、とあからさまにわかりました。世の中にはそういう人間がいるんだと、31歳で知りました。

今でも不思議に思っています。大病して復帰した人間を降格する組織というのは、普通はあまりないと思います。組織の中にはいろんな力が働いていました。降格したはずなのに、異動先は格上のホテルでした。組織というのは謎が多いです。今でもよくわかりません。

ただ言えるのは、あの頃から「自分の城を持ちたい」という気持ちが強くなっていったということです。

人に任せて自分の身の安全を選ぶことを知りました。仕事への責任感が強すぎて自分の体を犠牲にしてはいけない。あの経験が教えてくれました。


34歳でヘルニアになりました。

お腹を何度も切って、筋肉を5層で縫い合わせる。でも腐った部分を引っ張って縫うから、元の厚さには戻らない。サポート力が落ちて腰がズレやすくなる。体というのは全部つながっているんです。

腰は体だけじゃなかったです。このまま動けなくなったらどうしよう——その不安が頭から離れなかった。料理人にとって体が動かないことは、仕事を失うことと同じです。精神的にも相当きつかったです。


42歳で大量出血しました。

31歳の腹膜炎の時の菌に対する免疫力が落ちていたんです。小腸を約30cm、筋肉組織も切除する再手術でした。

最初に病院で処置してもらって帰り道、ケンタッキーを買って帰ったんです。家で友達と電話しながら食べていたら、突然ピューピュー出血し始めた。処置してすぐですよ。奥さんに「あなたおかしい、これ大変だから」って言われて、お父さんを呼んでもらって病院に連れて行ってもらったら、着いた途端に意識を失いました。ギリギリ間に合った感じでしたよ。

増血剤を打たれて、その日は入院しなさいと言われたんですが、先生に頼んで点滴を持ったまま帰らせてもらった。翌朝早く病院に行ったら、昨日の看護師さんがびっくりした顔で私を見るんです。「昨日あんなに出血したのに帰ったんですか?危なかったんですよ」って。

お化けじゃないよ、と言いましたよ(笑)

その後バイト3人に店を任せて治療に専念しました。癒着しやすい体質だから腸閉塞になりかけました。毎日点滴を持って病院中を歩き回りました。じっとしてたら余計に悪くなる。動くしかなかったです。3週間でなんとか退院しました。


ひとつだけ、手術で知ったことがあります。

麻酔が入ってくると、橋の上から深いホールに吸い込まれていくような感覚になります。最初は怖い。でも何回も経験すると、その吸い込まれる瞬間がたまらなく気持ちよくなってくるんです。子供の頃、部活で疲れ果てて飯も食わずにグーンと眠りに落ちる、あの感覚。大人になったらもう体験できないあの深い眠りです。胃カメラの鎮静剤が癖になってしまう人がいると聞きますが、気持ちはわかりますよ(笑)

手術は怖くなかったです。麻酔が気持ちよかった。4回経験しました。


20歳、31歳、34歳、42歳。

約10年ごとに大きな手術を繰り返しました。でも毎回現場に戻りました。戻れたのは、止まりたくなかったからだと思います。

人間の体は正直です。無理をすれば必ずどこかに出てくる。でも不思議なことに、倒れるたびに何かを学んでいました。

手のひらを返す人間がいることも。自分の体を守ることも。人に任せることも。全部、手術室と病院のベッドの上で学びました。


最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

あなたは自分の体を後回しにしていませんか?仕事や責任感で無理をしていませんか?「なんで俺だけ」と思ったことはありますか?

どんな小さなことでも、コメントで教えてもらえたら嬉しいです。あなたの言葉が、次に読む誰かの背中を押すかもしれないから。


🎁 この記事の見出し画像、あなたも作れます
下の英語プロンプトをChatGPTやMidjourneyに貼り付けてみてください。

"A Japanese man in his 30s lying in a hospital bed, staring out the window at a bright blue sky, a central venous catheter line inserted near his collarbone, white medical tape on his chest, a drip stand beside the bed, an expression of quiet anguish and determination on his face, sunlight streaming through the window casting shadows on the white sheets, highly detailed watercolor illustration, muted earth tones with pale blue accents, cinematic composition, Showa era Japan"


🎓 AI活用講座「実践AIおはなし習得塾」はこちら
https://college.coeteco.jp/s/ohanashi-ai

💬 匿名で質問はこちらから
https://note.com/qa/hip_vole2650

#4回の手術 #料理人の職業病 #倒れても立ち上がる #手のひらを返す人間 #自分の体を守れ #なんで俺だけ #ギブし続けた男の履歴書 #生き方を考える #若者へ伝えたいこと #人生の試練

いいなと思ったら応援しよう!

 Soul Architecture|業種を変え、時代を変え、今AIで全部つなぐ|AIGON.LAB 💫 よろしければチップの応援をお願いいたします。 いただいたご支援は、執筆と創作活動のための大切な資金として使わせていただきます。 あなたの想いが、次の作品を生み出す力になります。