イスラーム成立とアラブ帝国―7
第1回 イスラームによるアラブ社会の統一―7
転換点としてのヒジュラ
メッカでの活動が困難になると、ムハンマドと信徒たちは622年、ヤスリブへ移住しました。
この移住がヒジュラです。
後にヤスリブは「預言者の町」を意味するマディーナ、すなわちメディナと呼ばれるようになります。
ヒジュラは単なる避難ではありませんでした。
メッカでは、ムハンマドの信徒たちは既存の部族社会の内部にいる宗教集団でした。ところがメディナでは、ムハンマドは信仰を説く指導者であるだけでなく、対立する集団を調停し、共同体の規則を整え、戦争と和平を指導する立場になります。
宗教的な運動が、政治的・社会的共同体へ変わったのです。
622年は後にイスラーム暦の起点とされました。このことも、イスラーム史においてヒジュラが単なる移動以上の意味を持ったことを示しています。メディナで作られた合意文書は、ムハンマドの移住後に成立した初期イスラーム社会の重要史料であり、研究上は「メディナ憲章」や「メディナの共同体規約」などと呼ばれています。
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