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奇岩の群れをくぐり抜けて|ギリシャ(イオアニナ〜メテオラ)|バルカン紀行 Vol.38

2019年7月11日

三時間ほどの睡眠。嵐が過ぎ去ったあとの空は、決して澄み切ってはいない。またもやプラグの接触が悪く、充電がままならない。朝から不穏な兆しを感じるが、今日中に何が何でもカランバカへ辿り着かなければならない。

同室のシャム王がパレスチナ・コーヒーを淹れてくれる。さらにライスプディングまで。胃に温かいものをかき込み、気合を入れ直してバスに乗り込む。まずは中継地点のイオアニナを目指す。

一時間ほどでギリシャ国境に達した。車内では思うように眠れず、手持ちの水も尽きてしまう。案の定と言うべきか、パスポートコントロールで呼び出しを食らった。ギリシャ生まれのアルバニア人が間に入って通訳してくれる。「入国よりも出国の方が難しい」というのはよくある話だけれど、結局のところ、パスポートにアルバニアの入国スタンプがないことが諸悪の根源なのだった。

イオアニナの街まであともう少しという場所で、唐突にバスから降ろされる。アルバニア人たちは、相変わらず喧嘩でもしているかのような大声を張り上げて会話を交わしている。言葉がわからないので本当に怒っているのかは不明だけれど。結局、言われるがままにミニバスに乗り換えて、なんとかイオアニナに辿り着いた。

イオアニナの何でもない湖

駅にコインロッカーがあるというだけで、文明国に戻ってきたような安堵感を覚える。カランバカ行きのバスまで、妙な空き時間ができてしまった。旅の接続がうまくいく時もあれば、そうでない時もある。

城壁に囲まれた旧市街。重厚な石造りの家屋が並んでいた。心なしか、吹く風が柔らかいような、そんな気がする。道なりに歩いていると湖に出る。決して水が綺麗というわけではないけれど、光を受けてきらきらと煌めいている。釣りをしたり、散歩をしたり、談笑したりする人々。疑いようのないピースフルな光景。街は思いのほか賑わっていて、アパレルの店が立ち並ぶ。真昼間だというのにカフェは満席だ。どこでもクレジットカードが使えることに、再び「文明」を感じる。

シムカードを買いにボーダフォンの店に立ち寄る。店員の女性も物腰が柔らかい。かつて新潟に日本人のペンフレンドがいたとかで、古い手紙をわざわざ引っ張り出してきて見せてくれた。バルカンとも、アルバニアとも明らかに異なる空気がここにはある。それがギリシャ的なものなのかは判然としないが、少なくともこれまで見てきたヨーロッパの他国とも、佇まいが決定的に違っているように思えた。

メテオラの特異な街並み

さらにバスで二時間、山道を上り下りして、ようやくカランバカに到着した。

まだ日は高い。日が暮れる前にメテオラの修道院を見て回ることにする。目の前に現れた奇岩群は、カッパドキアとセドナを足して二で割ったような景観だった。ただ、正直に言えば、期待していたほどの感動はなかった。既視感のせいかもしれない。

想像と違っていたのは、孤立した一つの修道院があるのではなく、それぞれ独立した巨大な岩山の頂に、いくつもの修道院が点在していることだった。一つを見ては岩を下り、また次の岩の麓まで歩いて登る。道順は不親切で、街灯もない。獣道のような道なき道を、ひたすら進む。合計十キロは歩いただろうか。その寄せ付けなさは、なるほど人を拒む修道院にふさわしい。

夕陽に染まる奇岩

ざっと見るべき場所を巡った頃には、奇岩の群れを夕陽が燃えるような赤に染め上げていた。しかしそれも束の間、陽が岩影に沈むと、光を失った巨大な岩柱たちは、何かの役目を終えた沈黙の巨人のように、重々しい黒いシルエットとしてそこに留まり続けた。

薄暗闇の山の中を、山伏のごとく黙々と下っていく。人の気配はついに消え失せ、聞こえるのは自分の足音と、どこか遠くで鳴く鳥の鋭い声だけだ。このまま夜の岩山に飲み込まれてしまうのではないかと、幾ばくかの不安を感じないでもない。顔の周りを執拗に飛び交う蛾の群れに辟易し、手で払い除けながらも、歩みは自ずと速くなる。

なんとか街まで戻ると、中心部は意外なほどの活気に満ちていた。適当な店に入り、ギュロスとビールを喉を鳴らして流し込む。宿に帰って一息つくと、どうしようもない脱力感に襲われた。思えば、五時起きからの強行軍。シャワーを浴びる気力も惜しむように、深い眠りの淵へと滑り落ちていった。


【Note】
●イオアニナ(Ioannina)
ギリシャ北西部、パムヴォティダ湖畔に位置する街。かつてオスマン帝国の支配下で繁栄し、イスラム、ユダヤ、キリスト教の文化が混ざり合った独特の歴史を持つ。
●メテオラ(Meteora)「宙に浮く」という意味を持つ、ギリシャ正教会の修道院群。最大400メートルに達する奇岩の頂に建てられており、俗世との接触を断とうとした修道士たちの信仰の証となっている。
●ギュロス(Gyros)ギリシャの代表的なファストフード。ピタパンに味付けした肉(豚や鶏)、トマト、玉ねぎ、そしてフライドポテトを包んだもの。旅人の強い味方。


サランダ〜イオアニナ〜カランバカ


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