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『北九州市の不都合な真実』 前編   北九州市長公用車使用問題・舛添氏と比較

 北九州市出身で都知事まで上り詰めた、私の一学年後輩である舛添要一氏。彼の哀れな転落は、我が母校・八幡高校の名を一夜にして全国に悪名として轟かせた。その罪は重い。それに対し、北九州市出身ではない武内和久市長は今、どのような思いを抱いているのだろうか。実に感慨深いものがある。

 舛添氏が都知事辞職へと追い込まれた原因は、公用車の私的利用や政治資金を巡る公私混同であった。その卑劣とも言える振る舞いは、母校の名に泥を塗り、郷土の誇りを著しく傷つけるものであった。同窓生として、彼が全国に晒(さら)した醜態への憤りは、今も消えることはない。

 一方、現在わが街を率いるのは、いわば『外様大名』である武内和久市長である。彼の行政下において、公用車の運行記録が10年間にわたり作成・保存されていなかったという、透明性を欠く実態が露呈した。たとえ前市政からの負の遺産であったとしても、刷新を期待された『外様』のリーダーがその膿(うみ)を放置し続けていた罪は重い。地元出身者が期待を裏切り、外から来た市長が再び「公用車」を巡る不透明な問題を露呈させている。かつて後輩が晒(さら)した醜態と、今の状況が重なって見えるのは私だけだろうか


 北九州市長の公用車使用問題会見

 北九州市長の公用車を巡り、市が10年以上にわたって、行き先などを記録する『運行日誌』を作成、保有していないことが分かった。市は運行業務を民間委託していることを理由に挙げるが、適正な運行がされているか確認できない状態となっている。西日本新聞が全国20政令市を調べたところ、日誌が不存在なのは北九州市のみ。各地で首長による公用車の不適切利用が度々問題となる中、“情報隠し”とも取られかねず、他の政令市や識者から疑問の声が上がる。

 ご提示いただいた報道内容は、北九州市の行政運営における『透明性の著しい欠如』を浮き彫りにしています。

他の全政令市(19市)が作成している運行日誌を、北九州市だけが10年以上も『作成・保有していない』という事実は、もはや事務的なミスではなく、『組織的な説明責任の放棄』と捉えられても仕方がありません。

北九州市市長公用車使用問題・舛添氏との比較


 北九州市長、議会の公用車の使用記録がないことは、舛添元都知事が使用に公用車を使って都知事を辞めるケースと同じではないか?

 北九州市の武内和久市長を巡る公用車の問題について、ご懸念の通り、2026年1月に入って『運行記録が作成・保管されていなかった。』ことがおおきく報じられています。

 勝手の舛添要一元都知事のケースと比較されることが多いのですが、現時点で判明している状況を整理すると、『公私混同の証拠』という点ヨリも、まずは『公金管理の杜撰さ、透明性の欠如』が強く批判されている段階と言えます。

それぞれの違いと共通点をまとめました。

『舛添氏と同じ』と言える点・公金への意識の低さ       

 どちらも『市長・知事という公人のために税金が使われている』という自覚の無さへの疑問をいだかせました。公用車は『動く執務室』といわれますが、それはあくまで公務のためです。行き先が不明瞭な状態で税金が投入し続けることは、市民の理解を得るのが難しいため、批判の質としては非常に似ています。

違う点(あるいはもっと深刻な)点は証拠の欠如

 舛添氏の場合は、記録があったからこそ『何回別荘に行ったか』を追求できましたが、今回の北九州市のケースは『記録何ない』ため、そもそも不正があったかどうか証明できません。これが『隠蔽体質』と批判される所以でする。

今後のポイント

 北九州市側は『一点の曇りもない公用車を私用に使用していない。』と述べていますが、客感的な証拠(運行日誌)がない以上・その言葉を信じるしかない状況に議会も反発しています。今後は、以下の2点が焦点になります。

1)外部委託先からのデータ復元:運行日誌に代わる走行記録をどこまで開示できるか?

2)条例・規定の不備:なぜ市長だけが特別扱い(記録なし)で通っていたのかという組織運営の問題である。


項目     舛添要一氏(2016年)   武内和久氏(2026年)

主な問題点   公用車を私的に利用   運行記録が存在しない

       別荘通い、コンサート、  何のために使ったか不明

       プロ野球観戦など

透明性   記録はあったが     記録をそもそ作っておらず

      内容が不適切だった    検証が不可能である

市長側の主張  『公務の一環』   タクシー配車のような外部委託

      『動く知事室』と弁明   市として保有していなかった

市民の反応 具体的すぎる私用利用   『隠蔽ではないか』

      に怒りが爆発     チェック機能が働いていない

                  と不信感

タクシー会社に委託しているとしても市長の目的に応じて公用車を使用する適正な運行とは何か?

 市長が使用するのに運行記録を委託先のタクシー会社に任せることができるのか。正確に私的に使用したことがないと委託先のタクシー会社に任せられるのか。

市長の醜い言い訳にしか聞こえない。

歴史的に誤解を招く事務処理を遂行して続けるとは考えない。

地元を真摯に見ていない証拠になるのではないか。

 ご提示いただいた画像にある疑問や怒りは、まさに北九州市民、そして納税者として極めて真っ当な感覚だと思います。『外部委託だから記録がない』という説明が、なぜこれほどまでに不平を買い、舛添元都知事のケース以上に『不透明』だと批判されるのか、ご指摘のポイントに沿って整理します。

1.『適正な運行』と委託先の責任

 タクシー会社に委託しているからと言って、『公用車の目的が使用(私的使用)がないか』チュックする責任まで委託先に丸投げすることは、通常あり得ません。委託先の役割:安全運転、車両管理、指定された場所への送迎。

 市の役割(本来あるべき姿):その運行が『公務』であることを確認し、走行距離や行く先が契約内容(税金の支出)と合致しているか照合すること。

画像にある通り、行く先や目的最終判断『市長』が行う以上、その正当性を証明する義務は委託先ではなく、発注者である北九州市にあります。

画像にある通り、行く先や目的最終判断は『市長』が行う以上、その正当性を証明する義務は委託先ではなく、発注者である北九州市にあります。

2.『私的な利用がない』

 ここが最も深刻な点です。武内市長は記者会見で『一点の曇りもない』と述べているが、それを裏付ける客観的な『運行日誌』を市が作成・保管していなかったことは大きな問題です。

舛添氏の場合:記録があったために、『毎週金曜日に湯河原の別荘に行っていた』という事実が判明し、検証可能でした。 武内市長の場合:記録がないため、『私的に私用していない』という主張が市長の主観(言い分)のみに存在しています。『私的に使用していないと委託先にまかせられるのか』というご指摘の通り、外部の会社『市長がどこでなにをしているか』が公務か私用かを判断する立場にありません。それをチュックしていない体制そのものが行政としてガバナンス(統治)欠如とみなされています。

3.『地元を真摯に見ていない』という不信感

 『歴史的に誤解を招く事務処理』という表現は非常に鋭いです。過去に多くの政治家が公用車の私用問題で指弾されてきた歴史がある中で、あえて記録をのこさない手法を続けていたことは『後から検証されることを想定していない(市民への説明責任を軽視している)』を捉えられても仕方ありません。

特に、武内市長は『新しい北九州『や『透明性』を掲げて当選した経緯があるだけに、身近な足元である公用車の管理がこれほど杜撰であったことは、地元有権者にとって『期待を裏切られた』という強い感情に結びつきやすい状況です。

後編へ

 

            




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