『忘れ難き旅』 第6話 ー北の大地に響く叫び。サロマ湖の夕日と、九日間の熱き彷徨―
【代筆者より:第6話をお届けします】
ついに、運命の北海道旅行が幕を開けます。
深夜の関越道を駆け抜け、フェリーで辿り着いた北の大地。
そこには、本州では決して味わえない広大な景色と、
予期せぬハプニングの連続が待っていました。
黄金色に輝くサロマ湖の夕日に向かって放たれた、
「青春の馬鹿野郎」という青く切ない叫び。
蚊の大群との死闘や、深夜の焼肉争奪戦、
そして夜の札幌で明かされる意外な再会……。
便利すぎる現代では決して味わえない、
地図と若さだけを頼りに進んだ九日間の疾走。
旅の終わりに、宏樹さんが感じた
「異邦人の帰還」という不思議な感覚の正体とは。
青春の光と影が交錯する、旅情編クライマックスです。
ついに、旅行当日になった。
夜の一〇時に大学正門前に集合する予定になっていた。
小心者の私は、予定よりも一時間も前に集合場所に行ったが、
もう全員揃っていた。
果たしてこの旅行が、首尾よく成功するか、
多かれ少なかれみんなにも少し不安感があったと見える。
山形さんは、
「高橋、よう、来たな。もうみんな勢揃いしたな。出発だ。」と
痺れを切らしたように言った。
山形さんの斡旋で先頭車には、
先導役の山形さん、
地図を手にしたナビゲーター役の下山さん、
そして川田さん、太田さん。
二号車には村山さん、林さん、そして私。
殿の後続車には
生山さん、加藤、古所、佐々木、という乗車順になった。
そのまま、関越自動車道を突っ切って、
新潟港まで行きカーフェリーに乗船して
小樽港に到着して北海道に上陸するという手筈である。
関越自動車道は夜のせいもあって、すいていた。
高速道の照明を除けば、周囲が真っ暗闇で
所々民家の仄かな明かりを点在する中を、
車はとばしにとばした。
その間、私は後尾席に凭れたまま
恋人同士である村山さんと林さんの
とりとめもない会話にじっと聞き入っていた。
緊張感の為か、全然眠たくならなかった。
六・七時間であっけなく新潟港についたと思う。
フェリーの出発時刻よりもだいぶ早かった。
みんな、伸びをして車疲れを癒し、
タバコを吸ったり歓談したりしていた。
だが、リーダーの山形さんは、
注意さらさら怠りなく三台の車のドライバーに
オイルがどれくらい残っているかを調べさせた。
その時みんな目が点になった。
殿の生山さんの車には
オイルがほとんど残っていなかったのだ。
このまま、北海道に上陸していたら、
どういうことになったか、
みんな怖気をふるった。
フェリーも季節外れのせいもあったのだろう、
高速道路同様すいていた。
個室や二人部屋等に乗船するのではなく、
あけっぴろげになった何区画かわかれた中部屋で
各々場所を確保し何人かで束になるという方式である。
ちゃんと、風呂もシャワー室も整備されていた。
夜の間眠らなかった私は
場所を確保すると
やはり疲れが残っていたのだろう、
うとうと眠りに陥った。
何時間眠ったことだろうか?
目覚めたときには、もうお日様は、すっかり天頂に達し、
煌々と海を照らしていた。
軽い昼食をすますと、甲板に上がり
広大な海を眺めながら、
来し方行く末、深い夢想にふけった。
心配していた船酔いに特にかかることもなかった。
そして、旅の無事を祈願し、
夜になるとまた寝入った。
特に問題なく無難に小樽港に到着した。
この日もつきぬけるような晴天だった。
入り組んだ小樽市街を抜けると
あとは一本道である。
本州の山で囲まれた
せせこましいに景色に見慣れていた私は
北海道の広大さに驚かされた。
緑野が道の周囲いっぱいに広がり、
見渡す遥か地平線の末まで果てしもなく続いていた。
姉は寒いと言っていたが、心地よい熱気が漲り、
爽やかな風が吹き渡っていた。
対向車にどれくらい遭遇したか覚えていないほど、
車は原野を爽快に走り抜け、
わずか一日で、淡水湖に海水混ざっているので有名な
サロマ湖畔までたどり着いた。
折よく夕方になったので、
ここにキャンプを張ることになった。
透明に澄み切ったサロマ湖畔に夕日が照り映え、
何とも表現できない光景を醸し出していた。
あの夕日の情景の美しさ、
私は一生忘れることがないであろう。
太田さんが、その光景を背にして
「青春の馬鹿野郎」
と大声を張り上げた。
「くせえ、くせえ」
一同、大爆笑と相成った。
そうだ、青臭く無鉄砲なのが青春の特権だ。
成熟していたらそれは青春ではない。
このキャンプで、我々は慣れていない
アウトドアライフの不手際ぶりを、いかんなく発揮した。
ご飯を飯盒でたくと底のほうが焦げ付いた。
肉を焼いたが、生煮えかこれもまた焦げ付いた。
軽口をたたくのが得意な下山さんが、
「素晴らしいご馳走だ」
と揶揄した。
おいしくなかったが取り敢えず腹を満たすと、
それぞれ手分けしてテント・車に分かれ眠りについた。
この夜、私は大失態を演じた。
北海道は元来寒い地方だから、
蚊はほとんど生息していないだろうと、たかをくくっていた為、
テントに蚊取り線香を持ち込まなかった。
夜半、蚊の大襲来に遭遇する羽目になった。
顔だけでない、手も足も服の上からさしてくる。
北海道の蚊が、こんなに凶暴だとは
予想だにしていなかった。
先住民族のアイヌ人は
どう対処していたのだろうか?
あまりに痒くてとても眠れない。
ふと気づくと、同じテントに居た二人は
他のテントに移り、もういなくなっている。
薄情だな、と思いながら助けを求めて、
他のテントや車に乗車させてもらおうとしたが、
みんなぐっすり寝入っていて気づく
気配がさらさらない。
結局、朝日が昇り他の面々が、起床するまで
夜の間私はサロマ湖畔うろつくこととなった。
早く朝が到来することを待ち望みながら。
朝になって、蚊の大群に襲われ、
さされて少しく膨れ上がった私の顔をみて、
仲間たちは、驚くとともに忍び笑いをもらした。
私が
「みんな、ひどいっすよー。
車やテントを捜しまわったのに誰も助けてくれなかったですよー」
愚痴をこぼすと、車に、乗車して難を逃れた山形さんが、
「いや、気づいてはいたんだがね。
余りにおまえの風貌が異様だったために
怖くなって二の足を踏んだんだよ」
笑いながら、見苦しい弁明をした。
この様なハプニングはあったが旅は続いた。
今日はいよいよ知床まで行く日である。
途中、網走刑務所を迂回した。
恐らく、以前は存在したであろう陰惨な雰囲気はすっかり払拭されて、
一種の博物館になっていた。
展示された木彫りの熊や工芸品を見物しながら、
政治犯を含む過酷な環境に置かれていた
かつての囚人たちは
展示場に成り代わってしまった、
現在の網走刑務所をみて
どういう感慨を催すだろうか、想像を廻らした。
知床に到着すると
村山さんと山形さんが知床の営林署に話を聞きに行った。
三五度に達する現在と比較すると
冗談のように思われるようだろうが、
当時の知床の気温は二九度を示していた。
一時間ばかりの面談を終えて二人が戻ってくると、
村山さんが、こともなげに述べた。
「今年は、異常気象だって。営林署の人が言っていたよ」
どうりで姉が寒いよと忠告してくれたのに、
いっかな冷気を感じないのかと納得した。
知床では、
ユースホステルのバンガローを利用させてもらうことになった。
ユースホステルには、簡素な食事処があり
風呂も装備されていた。
軽い食事を済ませ風呂に入って、垢を落とし疲れを癒してから
仲間それぞれ一つのバンガローに集合して
ささやかな酒宴が催された。
酒を飲んですっかりほろ酔い加減になった私は
昨日の事件を肴に散々くだをまいた。
「山形さんも、下山さんもひどいんですよー。
ちゃんと気付いているのに全く無視するなんて」
私の言動に仲間たちは一喜一憂或いは大爆笑し、
すっかりこの夜は私の独断場となった。
翌日は、本格的な知床探索の日である。
各々別れみんな手持ちの場所に向かった。
私は生山さんたちと原生林の伐採現場の検分と
知床を支援する市民の援助で構築された
資料館を見学に行った。
車から降りて、魑魅魍魎とした原生林が鬱蒼と生い茂る
険しい道をかき分け登って行くと、
少しばかり明るくなっている開けた場所に出た。
ここが伐採現場の一つである。
確かに三本ばかりの大木の伐採された切り株がみえた。
ここまで育つのに
幾ばくの時間を費やしてきたことだろう、
どんな試練に耐えてきたことだろう。
木が大木に育つまでには、
人の一生を遥かに超える悠久の時を必要とするが、
テクノロジーの進歩した現在では
伐採作業はあっという間だ。
私は切り株を眺めながら、
人間の勝手な都合で破壊されていく自然の
悲しい運命に思いを馳せた。
資料館はその近辺にあった。
簡素で小ぶりな木造りの建物である。
中に入ると、原生林の保護の為に寄付した
市民たちの名簿が並べられていた。
資料館の見学者たちの感想をまとめた書類もあった。
今となってはどういう感想が書いてあったか、
もう思い出せない。
記憶が欠落している。
ただ、資料館の説明文には、
“知床は戦後何度も開拓民を派遣したが、ついに制覇できなかった”
という記述が記載されていた。
北海道の過酷な冬を知らない私は、
知床はそんなに峻厳な場所なのかと、感じた。
遊覧船に乗って、一同全員知床半島をめぐった。
なるほど、船から眺めると急峻な崖がそそり立ち、
ごつごつした岩場が立ち並んでいる。
進歩した現代テクノロジーをもってしても
制覇出来なかった理由が何となくつかめた。
一方こういう手つかずの自然がいまだ残存していることは、
高度経済成長以降有史以来の
自然の大破壊を促進してきた日本に於いては、
逆に誇るべき稀有な事例と思われた。
熊が出現しないかと期待したが、
さすがにこの時期にはどこかに身を潜めているみたいで、
たくさんの鴎が囀るのみであった。
カムイワッカの滝という呼称のついている
天然の温泉場にも車を向けたが、
どっぷり日が暮れ
これ以上進行することは無理と判断した我々は、
おとなしくバンガローに戻った。
三日間滞在した我々は知床に別れを告げ、
帯広方面に歩を向けた。
途中、美帆峠に立ち寄った。
四囲を遮るものがない険しい崖から見晴らす
壮大な大パノラマに大いに堪能した。
一年中、濃霧が立ち込めていることで有名な神秘的な湖、
摩周湖近辺も探索した。
一瞬でも霧が晴れて紫色の湖面が姿を現さないかと
期待してしばらく留まってみたが、
ひっそり佇む摩周湖は
頑固そうに霧に隠れたままだった。
帯広方面に到着する頃には、
もうすっかり日が暮れた。
みんな、おなかを空かせていたが
行けども行けども真っ暗闇で
町らしいものに出くわさない。
幸いにして、何とか食堂を探し当てた。
その店は鉄板で、肉を焼き
各々自分のお皿に盛る焼肉屋だった。
餓えの衝動とは恐ろしいものである。
肉を巡っての一大修羅場になった。
各々、おまえは多くとった、
私の分は少ないわ、など非難合戦をし
挙句の果てにはまだ充分に焼けあがる前から、
むしゃぶりつく輩もいた。
すったもんだの末地図を唯一の頼りに、
何とか帯広のバンガローにたどり着いた。
夜の十時を過ぎていたと思う。
思えばスマートフォンも携帯電話も何ら存在しない時代に
よく到着できたと思う。
私は、先輩たちにすっかりまかせっきりでいたので、
さほど不安感を抱いていなかったが、
先導役の山形さんは
もしかしたら、薄氷を踏む思いであったかもそれない。
これも若さゆえに可能だったのか。
すっかり疲れ切ってしまった我々は、
そのまま男女別のバンガローで朝までゆっくり爆睡した。
帯広では、昨日に懲りて、
懐をはずんで充分朝食と昼食に舌づづみをうった。
もう残すところは最終滞在地の札幌だけになった。
札幌到着も夜になった。
しかし、札幌は大都会なので
昨日のように真っ暗闇の中を迷うことはないだろう、と油断していた。
誠に油断禁物である。札幌市内で信号に引っかかって
殿の生山さんの車がはぐれて行方不明になってしまった。
札幌での宿泊地は林さんが世話してくれた
クリチャンセンターと名付けられている建物だった。
ところが、予定表には
チャペルセンターと誤記されていた。
林さんは、頻りに
「あそこはチャペルセンターではないわ。
正式名はクリスチャンセンターっていうのよ。
いくら、公衆電話のコールセンターで聞いても場所は分からないわ」
と心配した。
何が、この僥倖をもたらしたのだろう。
先頭の二台が札幌市内を二周ぐらいしていた折、
偶然生山さんの車が見付かった。
札幌は、東京の盛り場に匹敵するほどの
一大歓楽街である。
あまねく知られているラーメン横丁で、
腹を満たした後は
自由行動になった。
懐具合はさびしかったが、
私は山形さんと生山さんにつき従って
居酒屋で酒を飲むという仕儀と相成った。
酒あおっている途中、生山さんが、
「札幌市内に、北海道大学の学生で
中学生時代の女の知り合いがいるよ。女が居たほうが、いいだろう。
ちょっと連絡してみる」
と、席を立って公衆電話のほうへ向かった。
そして、「連絡取れた。きっと来るよ」
些か疑わしかったが、
三〇分位で女子学生はほんとにやってきた。
生山さんは旧交をあたため、四人で酒を酌み交わしながら
一晩中それぞれ歓談に花を咲かせた。
クリスチャンセンターに戻ったときは
もう朝の四時頃だったと思う。
驚いたことにどういう行動をとったか知らないが
寝入っているものはいなかった。
みんな北海道滞在の最後が
名残惜しかったと見える。
帰りは行きと反対に小樽港を経由して、
再びカーフェリーに乗船して新潟まで行き、
関越自動車を通り東京に向かうという筋道である。
みんな熟睡していない。
ドライバーは半睡状態、うつらうつらしながら運転する。
車も揺れる。
はなはだ危なっかしかったが、
何とか小樽港までたどり着いた。
いよいよ、多くの思い出を積み込んだ
北海道ともお別れである。
カーフェリーは行きと異なり混んでいたが
何とか場所が確保できた。
夕方、甲板にでて
夕日が沈もうとしているところを眺めながら、
“ああ、もう旅は終わったのだな”
北海道旅行のことが
走馬灯のように頭を駆け巡った。
船は無難なく早朝新潟港につき、
我々は再び関越自動車道を東京に向けて
一目散に車を走らせた。
殿の車に乗っている加藤が天辺のルーフを開いて
シンクロナイズドスイミングの選手の真似をしながら
みんなを笑わせる。
ちょうど、正午の鐘が鳴った時、
大学正門前に到着した。
お互い旅の無事を喜びながら散会になった。
私は、帰宅したら
長い間異国を彷徨っていた異邦人が
帰還したような錯覚に陥った。
【次回予告:第7話(最終回)】
「旅が終わった」という実感と共に、
宏樹さんの心に静かな変化が訪れる。
奈落の底から天国へと昇りつめるような九日間が、
壊れかけていた彼の精神にもたらした「奇跡」とは。
青春の光芒が照らし出すフィナーレ。
