『落胆』 第3話 ー頭に重い岩を背負って。事務内軽作業という名の壁―
【代筆者より:第3話をお届けします】
「教えてくれれば、俺にもできるのになあ」
簿記の知識も実務経験もある宏樹さんを待っていたのは、
能力とは無関係に割り当てられる「単純作業」の繰り返しでした。
一人の人間としてではなく「障碍者」という記号で一括りにされる。
そのことが、どれほど働く意欲を削いでいくか。
また、この回では向精神薬の副作用を
「頭に重い岩を背負っているようなもの」と表現しています。
本人の「怠け」ではなく、体が麻痺するほどの苦しさと闘いながら、
それでも「戦力になりたい」と願っていた宏樹さんの悲痛な叫びを、
ぜひ受け取ってください。
なぜ彼が社会から距離を置かざるを得なかったのか。
その真実がここにあります。
この休眠状態の間、三社転職した。
いずれも、名目上の職種は経理事務である。
宏樹は、会計事務所で、五年ばかり働いたことがあるので
経理事務には些か自信を持っていた。
ところが、実際、宏樹に割り当てられた仕事は、
書類整理やファイル管理、
コピー取り等々の事務内軽作業ばかりである。
最初は、就職できた喜びで勇んで行うが、
だんだん、飽きてくる。
仕事がつまらないと休みがちになる。
ますます、重要な仕事を任されなくなる。
さらに、休みがちになる、この悪循環ばかりだ。
宏樹は、一番長く勤務した会計事務所で働いていた時も、
簿記の資格を獲得したばかりの、
事務経験なしの初心者だった。
だが、主事務員の補佐をしている間に
経理事務のコツを習得し、
辞職する寸前には、かなり高度なテクニックを
駆使することができるようになっていた。
結局、精神障碍者という足元を見られ、
最低賃金に遥かに及ばない給与しか支払ってくれないため
辞職してしまったが・・・。
「教えてくれれば俺にもできるのになあ」
宏樹は、他の社員の仕事を垣間見ながら、
羨望の眼差しでそう思った。
だいたい、統合失調患者に怠け者はいない。
彼らが、思うように働けないのは、
向精神薬の副作用で、
頭も体も麻痺して動けないからだ。
偉大な精神科医中井久夫先生の同僚の医師は、
向精神薬を飲んでいる統合失調患者は、
頭に重い岩を背負っているようなものだと述べている。
又、統合失調患者に、悪辣なことをする人もいない。
優れた精神科医の計見一雄先生は、
統合失調症に罹患する人は
本質的に悪いことをすることができない人であると
断じている。
卑劣な謀略を張り巡らしたり、
密告したりする人はいないということである。
そういう資質を兼ね備えた統合失調患者であれば、
上手く活用すれば貴重な戦力になると思うのだが、
時間が暫く経過しても
宏樹の職場環境は一向に変わらず、
結局三社とも二年に満たず辞職してしまった。
これで、宏樹の就労意欲が萎えてしまった。
どうしても、体も心も就職の方に向かわないのである。
宏樹は、自室にこもって読書に専念する仕儀に到った。
四十歳代半ばで引きこもりになってしまったのである。
【次回予告:第4話】
「必ずしも就職しなくても良いのよ」。八方塞がりの宏樹に差し伸べられた、一筋の救い。紹介された「Y就労塾」で本を読み耽るなか、かつて新聞投稿で味わったあの「熱」が、再び彼の胸に灯り始める。
