『忘れ難き旅』 第1話ー黄金の浪人生活と、忍び寄る精神の臨界期―
【代筆者より:第1話をお届けします】
物語は、宏樹さんの浪人生活の始まりから幕を開けます。
駿河台の予備校に通い、受験のプロから教わる「開眼」の瞬間。
模試での好成績、そして大好きな世界史の知識が頭の中で
一つの巨大な地図としてつながった、あの夏の日。
誰の目にも、それは輝かしい
「成功への階段」を登っているように見えました。
本人ですら、自らの脳を襲う異変の兆しを
「一過性のもの」と見過ごしてしまうほどに。
絶頂と破滅は、常に隣り合わせなのか。
最も頭脳が冴え渡った瞬間に訪れた、残酷な臨界期の記録です。
浪人した時は、全く挫折感はなかった。
何故なら共通一次の試験勉強に時間をさかれて、
碌々、本試験の為の勉強に取り組むことができなかったからだ。
もう大学の本試験の終わる前から、
今年の合格は諦めて、
今年めいっぱい試験勉強に取り組んで、
来年に備えようと甘い夢想を抱いていた。
そのため三月下旬、某大手予備校の入塾試験を受けた。
私は、入塾試験の問題と取り組んでいる最中、
少しばかり驚いた。
試験問題が易しいのである。
現役の最中に拷問のように私を苦しめた模擬試験の難解さとは
比較にならないくらいだ。
私の高校三年のときの学力もこれくらいだったのかと
今更ながら、一年間の学力の懸隔を痛感させられた。
最も、入塾試験を些か侮った所為で、
私は、予備校のビリのクラスに編入させられることになってしまった。
こうして、私の浪人生活が無難に始まった。
その帰結を少しも知ることなく。
予備校は駿河台にあった為、
埼玉県の片田舎からでは、かなり距離があり通学時間を要し
朝早く起きねばならなかったが、
元々、中学・高校が港区であった私には、少しも苦にならなかった。
滑り出しは順調だった。
四月当初の予備校の構内模試でも、
上出来とはいかなかったが、そこそこの成績は獲得することはできたし、
講義も受験のプロが教授するだけあって面白かった。
私は、現役時代の経験を通じて、
大学受験のコツというものあらましは、知悉していた。
確かに、国立大学の試験は記述式だがようはするに、
私立大学の試験と同様、完全なる減点主義採点方式である。
独創的な論文や回答が試験で書けること以上に重視されるのは
重箱の隅をつつくような煩瑣な知識の集積である。
高校時代に、授業をきちんと聞き、
後は予備校で一年間受験テクニックに研磨をかければ、
すべてのとまでは言い切れないが
大抵の日本の大学入試に合格することは、そんなに難しい話ではない。
実際、私が予備校の講義でこんな解き方があると、
開眼され薫陶を受けたのは、
古文と数学だけである。
あとは高校時代の授業の延長に磨きをかけただけである。
それでも、私が、首尾良く予備校生活を謳歌している最中に、
知らないところで、私の脳に変調が起きていたのだろうか?
私は、中学一年の時に詩に目覚めて以来、
長編小説や映画又は素晴らしい光景に本当に感動すると、
深い充実感に浸り
謂わば一種の恍惚状態に陥ることが多々あった。
ところが、抜けるように晴れたある五月の昼間、
予備校からの帰宅途中、
自宅の側の石段を登っている間、
ふと何気なしに空を見上げたところ、
感動に捉われるどころか、頭に石が重しのようにのしかかり、
締め付けられるような気分に襲われた。
私は、一瞬戸惑った。
「一体なんだろう。変だな」と。
しかしその時分は、深刻に受け取るとめることなく、
単なる一過性の状態だろうと、
軽く受け流してしまった。
しかし、今現在から思えば、
これは後に明らかになる重大現象の明確な兆しだったのだ。
それを除外すれば私が、自分で
何かおかしいと感じた前兆現象はなにもないといっていいと思う。
不眠状態は皆無だったし、
悪夢に苛まされる睡眠障害に悩まされた記憶もない。
このちょっとしたエピソードを別にして、
私の予備校生活は何の支障もなく普段通り続いた。
五月の中旬ごろ、ビッグ・ニュースが舞い込んだ。
東と西の国立大学が、受験できるようになったのだ。
それまで、私の第一志望はT大の法学部だった。
特別な理由はない。ただ時流に乗って
偏差値が一番高かったから選択したまでだ。
だが、世界史が得意で好きだった私は
実は文学部に入りたかった。
これで、無理する必要はなくなった。
K大の文学部を第一志望にし、
T大は、第二志望とすればよい。
二校受験すれば、
どちらかには合格することはできるだろうという魂胆もあった。
私は、つくづくついていると
欣喜雀躍したい気分に陥った。
よく、功成り名を遂げた人が成功する条件として
「一に努力、二に努力、三四がなくて五に努力」と挙げる人が多いが、
これは必ずしも額面通り受け取ってはならないと思う。
私の乏しい受験経験に照らし合わせみても、
努力は必要だが、
効率の悪い努力をいくら積み重ねても、成果は上がらない。
前期までの予備校生活の中で、
2回の全国総合模擬試験・3回の予備校の構内試験があった。
このうち2回は大失敗、
2回は可もなく不可もなく、
最後の校内試験だけが大成功であった。
自分で分かるのだ。脳の波長が良くて、
頭が冴えているときはそれだけ勉強を積み重ねれば成績は上昇する。
逆に、頭がどんよりしているときは、
いくら勉強を積み重ねてもたいした試験結果は得られない。
七月上旬に実施された
前期最後の校内模試の試験結果は自分でも驚愕するくらい好成績だった。
特に、それまでどちらかというと苦にしていた
数学の成績が急伸していた。
私は「しめしめ」と
今まで余り芳しくなかった成績と照らし合わせて、
安堵し胸をなでおろしていた。
そして、予備校の夏休みの間
めいっぱい勉強しようと意欲が急に増進した。
T大・K大・W大の過去問題集をそうまくりしよう。
しばらくご無沙汰していた通信添削にも手をつけよう。
私の計画は壮大に膨らんだ。
おそらくこの時が、私の一生に於いて、
もっとも頭脳明晰だったに相違ない。
だが、私の脳は既にこの時点で忍び寄る精神の破綻をきたす
臨界期に達していたのだった。
今でも、鮮明に記憶している。
今ではその片鱗すらないが当時は、記憶力だけは、
卓抜の能力を擁していた。
当然のことながら暗記力が重視される
世界史と日本史を得意としていた。
特に、高校時代の教師が教育熱心であった所為もあって、
世界史が大好きだった。
現在でも刊行されているのだろうか。
山川出版社の時代ごとに編纂されている、
世界歴史地図をめくって眺めながら、
壮大なる諸民族の興亡に想像を廻らすのが興味深く面白かった。
ところが、七月下旬夏季講習に出席していたころだと思うが、
ハドソン湾・ハドソン川といった
初期の北米植民地の英・仏の抗争を勉強していた時、
不意に世界史の全貌が鳥瞰図・俯瞰図として、頭に浮かんだ。
私は「しめた」声を挙げそうになった。
それから間もなくだ。私の精神が破綻したのは・・・・・
【次回予告:第2話】
突然の破局、そして日常の崩壊。夏休みのベッドで宏樹を襲ったのは、
心臓の激動と、心の奥底から響き続ける謎の「声」だった。
積み上げた計画も、明晰だった頭脳も、
すべてが砂の城のように崩れ去っていく……。
