夜の子ども
菊池ひろみ
私の家は、スナックをしている。
お母さん一人で大変そうだけど、朝にはお酒の匂いをさせながらも楽しそ
う。
私が生まれたときからお父さんはいなかった。
でも、スナックをしていると、お客さんがお父さんみたいだと勝手に思っ
てる。
学校から帰ると、お母さんはおしぼりを一生懸命丸めている。
その横で、まだお店は空いてないのに、酒屋の店長「ごんちゃん」が一緒
におしぼりを丸めている。
「帰ってきたんや~。ええなぁ、学校楽しいか?」
「まぁまぁやな。」
私は適当に挨拶して二階に上がる。
今日は体育があったから、なんだか眠い。
おやつのポテトチップを食べながら眠ってしまった。
起きたら、もう夜の9時だった。
一階のスナックはもう騒がしい。
晩御飯を食べようと思ったけど、用意されてなかった。
仕方がないから一階に降りてお母さんに文句を言おうと思った。
「ちーちゃん、こっちこっち。あんたのおかん、ベロベロやで(笑)。」
まだ開店して3時間しか経っていないのに、机に突っ伏して寝ていた。
「あぁ、俺仕事辞めたいわ。うるさい上司と毎日顔合わせるの、かなわん
わ。」
柿の種を食べながら、水道局に勤めている『よしさん』が嘆いていた。
「辞めてどうなるん?」
つい言ってしまった。
「どうなるんやろ~。嫁さん怒るやろうな……。」
よしさんは、カウンターの上に柿の種を転がせながら言う。
「ほな、続けたらええやんか。ほんでここ通うたらええやん。」
ガバッとよしさんが顔を上げて、私を見る。
「ちーちゃん、ええこと言うなぁ!よっしゃ!歌うで~!」
よしさんは、いつも歌う「へいへいほ~」を歌った。
よしさんの隣では、「トマトちゃん」が歌を聴きながら泣いていた。
トマトちゃんはいつも赤い服を着ている。
「どうしたん?」
よしさんの歌を聴くのが嫌になっていたから、トマトちゃんに話しかけ
た。
「ちーちゃん、今日はママもう寝たんやなぁ。私の話聞いて欲しかったん
や。」
目の下が真っ黒になっていた。
「そうや、おかん潰れとるわ。おかんに聞いてもらうことあったん?」
派手な花柄のハンカチで、涙を拭きながら話し始めた。
「そうなんよ。昨日な、うち好きな人とデートやってん。」
「ええやんか。」
「でな、その好きな人、いっつも会う時、めっちゃ男前やねん。スーツが
よう似おうてて、背も高うてな。」
「ほいで?はよ先言うてーな。」
「ごめん……。いっつも男前やのに、その日は休みやったから普段着やっ
てん。そしたら、ボーリングシャツ着てて、胸のところに『STRIK
E!』って書いてあったんよ。そんな人やと思わんかったわ!うわ~
ん!」
言い切ったと思ったら、大泣きし始めた。
テーブルの前に新しいおしぼりを置いてあげた。
「トマトちゃんかて、いっつも赤い服やんか。人のこと言えんの?」
トマトちゃんは、顔を真っ赤にして本当にトマトになった。
「ちゃう!うちは普段から赤い服着てるんよ。だからええやんか!」
テーブルをドンッと叩く。
「普通な、デートに赤は着て行かんで。小学生の私でも分かるわ。初めは
白のワンピースやわ。その人、その服トマトちゃんにええとこ見せようと
思って着たんやと思うで。」
「でも『STRIKE!』やで。ビックリマークついてんねんで!」
「『OUT!』よりええやんか。」
「……。」
ハンカチをカバンにしまって、おしぼりで顔を拭く。
顔を拭く女の人を初めて見た。
「ちーちゃん、私今からあの人のところ行ってくるわ。ありがとう。ママ
よりええママになるわ。」
「毎度~。」
トマトちゃんが帰るころにはもう11時になっていた。
おしぼりをお母さんと丸めていたごんちゃんが話しかけてきた。
「ちーちゃん、今日の話、ええ感じやんか。もし暇なときあったらお店に
出てーな。」
ごんちゃんは、酒屋の店長なのにお酒が飲めない。
「ごんちゃん、お母さんのこと好きなん?」
「なっ、なんや急に。そんなこと子どもが考えんでええねん!」
顔を真っ赤にしている。
ごんちゃんは50歳くらいだと思う。
「さっき店に立てって言うたんごんちゃんやんか。何言うてん。」
「ホンマやな(笑)。」
この日を境に私は、ときどきお店に出るようになった。
そして、お母さんより私に話しかけてくる人が多くなった。
「あんた、ええ仕事するやんか。お小遣いいっぱいあげるからな!」
お母さんは嬉しそうだった。
だからかな、今日も帰ってからすぐ寝た。
夜の9時。
下から声がした。
「ちーちゃん!今日もよしさん仕事辞めたい言うてるでー!!」
「昨日、決めたやんか!!」
私は1階に下りて行った。
