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フランク解説・4 共に光の第4楽章へ

さて、遠い過去への憧れが響く中神秘的に始まり、
豊かな和声を響かせた第一楽章。
嵐とマグマの情熱的な第二楽章。
深い心の底に降りて行って自分の心の内を見た第3楽章を経て、
名曲フランクのバイオリンソナタは、いよいよ最終楽章です。

第4楽章のテンポはアレグレット・ポコ・モッソ。
2/2拍子、イ長調、ロンドソナタ形式。
第1楽章と同じ調ですね。
この調の選び方も、第1楽章をイ長調から始まって、
最終楽章もイ長調に終わるという「輪」を作っているように思います。
そして、この楽章は「カノン」で書かれています。

なぜカノンが選ばれたのか?

カノンとは、輪唱のこと。
全く同じメロディーを次の人が追いかける形で曲が進む形態のことを言います。
カエルの歌🐸が1番身近な例ですね。

ここで、なぜフランクがカノンを終楽章に選んだのか?という疑問が湧いてきました。
カノンで書かれている楽章はそれほど多くはないからです。
よく言われて来たのは、
このソナタはヴァイオリニスト・イザイの結婚のお祝いとして書かれたと言うもの。
つまり、この最終楽章のカノンは、追従する夫婦の姿、
夫婦の愛を描いていると信じられてきました。

ところが、事実はそうではありません。
イザイに捧げられたのは本当ですが、
実は「すでに出来ていた作品を贈った」ということは、この解説ブログの最初のほうにも書いています。

これを書いた時、フランクは何をしていたのか?
そして、ヴァイオリンソナタを書いた動機はなにか?
まずここから探っていきましょう。

作曲のいきさつと、重なる物語

実はこのソナタ、イザイの結婚から遡ること28年前の1858年、
フランツ・リストの娘であるコジマ・フォン・ビューローのために作曲を約束したものがルーツになっています。
長年フランクの中で温められていた構想が、1886年の夏、彼が63歳の時にようやく本格的に形になり始めたのです。

さらに興味深いのは、この時期フランクが交響詩『プシュケ』を並行して作曲していたこと。ギリシャ神話のプシュケ(魂)が、過酷な試練(浄化)を経てエロス(神の愛)と永遠に結ばれる物語です。
第3楽章のあの暗闇の彷徨いから、第4楽章の光への到達は、
まさにこの「魂の浄化と救済」のプロセスそのものでした。
そんな深くスピリチュアルな曲を完成させた直後、
友人のシャルル・ボルドから「イザイの結婚祝いに贈ってはどうか」と提案され、フランクが喜んで献呈した、というのが本当の歴史です。

さてこうなると、カノンにした理由をイザイから切り離して考えて見なければなりません。
敬虔なカトリック信者であったフランクの意図は何か。

オルガンを弾くセザール・フランク

カノンとロンドが持つ、深遠な意味

そもそもカノンはクラシック音楽ではどういう場面で使われるのか?
またどんな意味を持つのか?

カノンはギリシャ語で「規準・法則」を意味します。
終わりなく循環する「無窮カノン」という形式もあるように、
それは「永遠の輪」の象徴です。
特に教会音楽において、全く同じ旋律がぶつかり合うことなく完璧な調和を生み出すカノンは、「神が創造した宇宙の秩序」や「永遠性」を音で証明するための最も神聖な形式でした。
単なる無難な形式ではなく、深い祈りや、途切れることのない永遠の絆を表現したい時に選ばれる、極めて精神性の高い技法なのです。

しかもこのカノンは、三重になっています。
ピアノのオクターブとヴァイオリンで三声。
ピアノをオクターブにする必要ってある?
倍音を豊かにする、音量を増すというためかと思うと、
実は出だしはドルチェカンタービレ(dolce cantabile)。
つまり、大きな音は要求されていない。
なのになぜ三声にするのか?

「3」と言えば、思い浮かぶのはヨーロッパのキリスト教文明のメタファー。
キリスト教で「3」という数字は、
「三位一体」を表します。
これは「神と子と精霊」を表しますが、キリスト教の神、子とはイエス・キリスト、そして精霊とは天使。
日本人には馴染みが薄いかもしれませんが、キリスト教文明の国の音楽を聴く時には、特に作曲家が厚いクリスチャンである場合には、
頭に入れておくべき概念です。

ということで私の仮説は、
「3つの声部のカノンは三位一体の、
神とイエスと天使を表している」 というもの。

さらに、音楽の根幹を成すバスライン(ピアノの左手最低音の旋律)を入れると、主要な動きの声部(ライン)は「4つ」あることになります。
このバスラインである4つ目は、大地、もしくは人間。
フランクが教会のオルガニストであったことは、忘れてはいけない重要な要素です。
上声部がどれほど天高く飛翔しても、大地に深く根を張るバスがなければ音楽は空中に霧散してしまいます。

さらに、カノンの技法を使いながら、
ロンドソナタ形式で書かれているということ。
「ロンド」とは、回る輪のように同じテーマが巡ってくる音楽のことを指します。
主題の間に様々なエピソード(試練や別の景色)が挟まり、
また必ず元の場所へ帰ってくる。
カノンが「重なり合う聖なる環」だとするなら、ロンドは「季節や人生が巡る生命の環」と言えるかもしれません。

過去の名曲たちとの繋がり

ロンドが使われている有名な曲には、
ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第9番『クロイツェル』の終楽章が挙げられます。
あの馬車が駆け抜けるような圧倒的な推進力はロンドならではです。
他にもモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ第40番(K.454)の終楽章や、サン=サーンスの『序奏とロンド・カプリチオーソ』など、
華やかでエネルギーに満ちた場面で数多く使われています。

カノンに戻って有名な曲を探すと、
パッヘルベルの『カノン』が最も親しまれていますが、
J.S.バッハの『ゴルトベルク変奏曲』のように宇宙の真理を解き明かすような神業的なカノンもあります。
また、モーツァルトの弦楽四重奏曲第19番『不協和音』の終楽章や、ブラームスの弦楽五重奏曲第2番の冒頭など、
古典派やロマン派の巨匠たちも、楽曲に圧倒的な深みや神聖さを与えるためにこの技法を効果的に用いています。

作曲家は過去の名曲をじっくり研究するものですから、フランクがこれらの作品を勉強していたであろう事は容易に想像できます。

4小節の一瞬の光と、二重の祝福

第4楽章はカノンの間に、これまでの楽章のモチーフを挟んで回想しながら進みます。
そしてもう一つ、この第4楽章で聴き逃していただきたくない「光」の瞬間があります。
それは、曲の途中でわずか「4小節」だけ現れる、ハ長調の場面です。

ハ長調(C dur)は、シャープもフラットも一切付かない、
調性の中で最も「純真無垢」な調です。
ロマン派の複雑な和音が渦巻く中、何の混じり気もないこのハ長調が現れる瞬間は、まるで分厚い雲の切れ間から天上からの一条の光がまっすぐに差し込んでくるかのよう。
試練を経て不純物が削ぎ落とされた魂(プシュケ)が、
ついに神の光を真っ直ぐに受け止める、
奇跡のような時間です。

しかし、続く5小節目にはふっと陰りが見え、
音楽はイ短調へと転じていきます。
この一瞬の儚さがあるからこそ、4小節間の純白の光がいっそう鮮烈に、
私たちの心を打つのです。
人生もそんなものですよね。
多くは繰り返しの変わり映えしない毎日と心配や不安、苦労の連続。
しかし、一瞬の光、幸福感がなんとしみじみと嬉しいことか。

このように、フランクの第4楽章では聖なるサイクルのカノンで天からの祝福を、
そしてロンド形式によるエネルギーの循環で人々の喜びを表現した「二重の祝福の音楽」。
それがこの第4楽章の真の姿なのではないでしょうか。

つまり、決してこのソナタはただの人生の回想、一人語りではありませんでした。
二重の祝福の第4楽章は人類に向けられているからです。

クラシック音楽は、世界旅行であり時間旅行このフランクのソナタ解説シリーズでは、その時代の作曲家たちが交わってお互いに刺激を与えあい進んでいたことや、作曲家の内面に迫りたいと思い、想像力たくましく書き述べてきました。

私の仮説が正しいかどうかはわかりません。
でも、社会には一人も同じ人がいないように、音楽の解釈も基本に則った上で自由な感覚で語られていいと思います。

そして改めて、クラシック音楽を聴くことは、世界旅行、時間旅行であり、
コンサートは非日常、そして祝祭だと思いました。
ぜひ様々な生のコンサートで、演奏者と、その場に生まれる音とともに交流の体験を豊かに持たれますように。

いよいよ本番に向けて

そして、私はいよいよ大詰め練習です。
昨日会場リハーサルを行ってきたところですが、思ったように音が出ていない。 まだ音程も不安定な箇所があり、表現も足りない。
考えたことと表現はまた別次元のことです。
しかし、頭の中のイメージとプランは定まったからそれをエネルギーに、
ひたすら練習です。

ピアノパートにたくさんの音と不協和音があるため、バイオリンは埋もれがちなフランクのソナタ。
つい音量が足りないと自分の楽器のせいにしたくなります。 常々、「音色はその人のもの、音量は楽器のポテンシャル」と言っていますが、そう言っても自分の楽器で弾くしかない。
ようやく2人で弾くフランクの姿が見えてきましたが、
個人的にはまだまだやらなければならないことが山盛りです。

本番前のこの時期は苦しい。
けれども、この苦しさは生きている実感満載です。
昨日のリハーサルに立ち会ってくれたつくばサロンコンサートの仲間でヴァイオリニストのあゆみさんも「本番前の1週間の緊張感ってなんとも言えず好きです。普段眠っている感覚が徐々に研ぎ澄まされていくような、、、」と返信をくださいました。
その感覚を共有できる仲間の存在が心強い。
本番でフランクが伝えたかった様々な葛藤や不安や、自己否定の後の自己受容、底の底まで落ちた後の己の執着を手放した清々しさ、そして私たちは存在を祝福されているのだという喜びに満ちた世界を分かち合えるよう、どんな練習をしたらいいのか考えながら、
残りの日々を精一杯やっていきます。

最初に「フランクのあまりにも良い人振りが嫌だ!」なんて書きましたが、ここまで見てくると彼は本当に真摯な素晴らしい人でした。
前回弾いた時は、良い曲なんだけれど作曲家に共感できなくなって迷って弾いていましたが、
今回は、敬愛する作曲家の名作を演奏させていただける喜びと、
少しでも足元に近づきたいと思う気持ちでいます。

それでは、8/21(金)つくばのアルスホールでお待ちしています!

19:15開演 20:15終演予定
ヴァイオリン 森裕美
ピアノ    山口泉恵
「つくばサロンコンサート」

プログラム、チケット情報
https://teket.jp/17069/64336

【本日のおまけ】
同じ時代のフランスの作曲家モーリス・ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」を私たちルナクラシカの演奏でお聞きください。

もともとはピアノ曲。さらに後年、作曲家自身がオーケストラに編曲し、世界中で愛されています。
実はこの作品もロンドなのです。
ラヴェルのこのパヴァーヌにおけるロンドは、「推進力のある回る輪」というよりも、「何度でも立ち現れる美しい記憶」や「追憶の環」と呼ぶのがふさわしいかもしれません。
別の景色(BやCのエピソード)を経て戻ってくるたびに、メインテーマ(A)が少しずつ形を変えて記憶の層が厚くなっていくような、
非常に繊細でノスタルジックなロンドです。

これまでのフランクのヴァイオリンソナタ独自解説はこちらから。

https://note.com/hiromi_mori519/n/n0fead27647e0?sub_rt=share_b
フランクのヴァイオリンソナタを巡って その1・フランクの人生

https://note.com/hiromi_mori519/n/n6a58af83a416?sub_rt=share_b
解説・2【第一楽章】フランクのバイオリンソナタが描く、美しく神秘的な世界

https://note.com/hiromi_mori519/n/n6b949547cdb8?sub_rt=share_b
フランクのソナタ解説・3 嵐の第2楽章と魂の独白の第3楽章



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