鳥類さんの俳句 高浜虚子を読む
炎環」秋号
中嶋憲武さんと、高浜虚子の俳句を読む対談を。
芸誌『炎環』における小笠原鳥類と中嶋憲武による虚子対談
小笠原鳥類が、伝統俳句の巨頭である高浜虚子の俳句を解釈・論じれば誰も気づかなかった虚子像が浮かび上がるだろう。虚子は「目に映る自然をそのままスケッチする(客観写生)」する。小笠原鳥類の詩はエビ、深海魚、音楽記号などが突飛に混ざり合う独特の生態系(世界観)を持つ。鳥類が虚子の句を解釈すれば、虚子の写生が認知を超えた「見たこともない生物や、奇妙な質感を持った異世界のオブジェ」として捉えられるだろう。虚子は五七五の「しらべ(韻律)」を重視した。鳥類の詩には、言葉の繰り返しや独特のテンポによる「音楽性」が存在し、それは異なるものではない。鳥類が虚子の十七音を解読するとき「言葉という音響素材がどう反響し合っているか」という現代音楽的なスコア(譜面)として解体される。
虚子の「ただそこにある自然を詠む(花鳥諷詠)」という姿勢から道徳や意味を削ぎ落とし、「純粋に言葉の配置そのものが楽しい、過激でポップな表現」として虚子を読み替えるのは現代的でスリリングな体験だ。
詩は読者がどのように読んでも良い。虚子と鳥類の時間を超えた、共同生成によって、新しい虚子像が浮かびかがっていくる。これは俳句の量子リアリズム的な解釈とも読み替えられる。
中嶋憲武は、日本の俳人であYMOる。1994年より石寒太氏に師事し、結社「炎環」や「豆の木」に所属している。2011年には週刊俳句から電子ブック『日曜日の朝はパン食べよう』を発表している。リズムの良い口語俳句である。また、「音楽千夜一夜」を執筆するなど、音楽への造詣も深い。中嶋による虚子の「しらべ(韻律)」は、伝統的な五・七・五の定型にこだわりながら独特の音律・リズムを持つと考えられている。虚子は一般に「客観写生」や「花鳥諷詠」として知られるが、
虚子は「俳句上の大問題は(中略)まづ作者めいめいの主観の涵養であります」という言葉を残している。
主観とは、まさに観察者問題である。
虚子がなぜ「発句(ほっく)」にこだわり、五・七・五の定型と季題(季語)を必然的なものとして確立させたのか。リズムや「主観」から解読する。
