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35歳を過ぎても、自分の世界を少しだけ開けておくために

「35歳を過ぎると、新しい音楽を聴かなくなる」

そんな話を聞いたことがあります。

最初は、少し大げさな話だと思っていました。
でも、ふと自分の聴いている音楽を振り返ると、たしかに昔から好きだった曲に戻っていることがあります。

新しい曲を嫌いになったわけではありません。
最近の音楽がわからない、と言いたいわけでもありません。

ただ、積極的に探しにいかなくなる。
気づけば、知っている曲、安心できる曲、昔の自分とつながっている曲を選んでいる。

これは音楽だけの話ではないのかもしれません。

エンジニアの世界にも、かつて「35歳定年説」という言葉がありました。

35歳を超えると、新しい技術についていけなくなる。
若手の方が吸収が早い。
体力も落ちる。
だから、エンジニアとしてのピークは35歳くらいまでだ。

今となっては、かなり古い見方だと思います。

40代、50代でも現役で活躍しているエンジニアはたくさんいます。
むしろ経験があるからこそできる設計や判断もあります。

ただ、この話も完全に的外れではない気がします。

問題は、35歳という年齢そのものではありません。
新しい前提に乗り換え続けられるかどうか。
そこに本質があるように思います。

35歳前後になると、仕事でも生活でも、ある程度「型」ができてきます。

よく行くランチのお店が決まっている。
クローゼットには、同じような色の服が並んでいる。
スマホの1画面目にあるアプリは、ずっと変わっていない。
よく会う人がいる。
よく読むメディアがある。
仕事の進め方にも、自分なりの勝ち筋がある。

これは悪いことではありません。
むしろ、経験を重ねてきた証拠です。

毎回ゼロから迷わなくていい。
自分に合うものがわかってくる。
外さない選択ができるようになる。

それは、年齢を重ねることの大きな強みです。

一方で、その「型」は、ときに新しいものを遠ざける壁にもなります。

新しい音楽を聴くより、昔の曲を聴く方が安心する。
知らない店に行くより、いつもの店に行く方が外さない。
新しいSNSを試すより、今使っているもので十分だと思う。
若い人の流行を見ても、「自分には関係ない」と感じる。
新しい仕事のやり方を見ても、「昔はこうだった」と考えてしまう。

そうして少しずつ、世界が自分の知っている範囲の中で固定されていきます。

怖いのは、新しいものを知らないことではありません。
知らないことに気づかなくなることです。

若い頃は、自分が知らないことだらけだと自然にわかっていました。

知らない音楽。
知らない仕事。
知らない大人。
知らない価値観。
知らない世界。

だから、吸収することが当たり前だった。

でも、経験を積むと、自分の中に判断材料が増えていきます。
それ自体は強みです。

ただ、その判断材料が増えるほど、逆に「もうわかっている」と思いやすくなる。

新しいものに触れなくても、日常は回ります。
仕事もある程度できます。
会話も成立します。
生活にも困りません。

だからこそ、新しいものを吸収しないことは、すぐには問題になりません。

でも、少しずつ差が出ます。

新しい音楽を聴く人は、今の空気に触れています。
新しいアプリを試す人は、若い世代の行動を少し理解できます。
新しい店に行く人は、街の変化を感じられます。
新しい技術を触る人は、仕事の前提が変わっていることに気づけます。
新しい人と会う人は、自分の価値観が絶対ではないことを思い出せます。

吸収とは、知識を増やすことだけではないのだと思います。

自分の前提を、少しだけ揺らすこと。
自分の当たり前を、少しだけ更新すること。
それも吸収です。

もちろん、年齢を重ねてから、すべてを追いかける必要はありません。

若い頃のように、流行を全部知っている必要はない。
新しい音楽を毎週チェックしなくてもいい。
すべてのSNSを使いこなさなくてもいい。
最新技術を全部理解しなくてもいい。

でも、「自分には関係ない」と決める前に、少しだけ触れてみる。
わからないと思ったものを、すぐに否定しない。
若い人が面白がっているものを、少し観察してみる。
昔の成功体験だけで、今を判断しない。

それだけでも、ずいぶん違う気がします。

35歳を過ぎると、新しいものを吸収しなくなる。
この言葉は、半分は当たっているのかもしれません。

ただ、それは能力がなくなるからではありません。

生活が安定し、経験が増え、失敗しない選択ができるようになるからです。
だからこそ、意識しないと新しいものに触れなくなる。

年齢を重ねることは、世界が狭くなることではないはずです。

むしろ、過去の経験があるからこそ、新しいものをより深く味わえることもあります。

若い頃に聴いた音楽は、勢いで好きになった。
でも今、新しい音楽を聴けば、その背景や作り手の意図まで感じられるかもしれない。

若い頃に触れた技術は、便利さだけで驚いた。
でも今、新しい技術に触れれば、社会や仕事への影響まで考えられるかもしれない。

若い頃に出会った人からは、ただ刺激を受けた。
でも今、新しい人と出会えば、自分の経験と照らし合わせながら、より豊かに学べるかもしれない。

35歳は限界の年齢ではなく、変化の分岐点なのだと思います。

そのまま世界を固定していく人もいる。
一方で、経験を重ねたからこそ、より深く、より広く世界を見られる人もいる。

その違いは、たぶん大きな挑戦ではなく、日々の小さな選択にあります。

知らない曲を一曲だけ聴いてみる。
若い人が使っているアプリを少し触ってみる。
初めての店に入ってみる。
違う業界の人の話を聞いてみる。
昔なら流していたものに、少しだけ目を向けてみる。

新しいものを吸収し続けるとは、若作りをすることではありません。
自分の世界を、少しずつ開けておくことです。

35歳を過ぎても、人は新しいものを吸収できる。

ただし、自然に吸収する時期から、意識して吸収する時期に変わる。

その変化に気づけるかどうか。
そこが、大きな分かれ目なのかもしれません。