会社にしがみつくには、人生は長すぎる
会社員として働いていると、
「上を目指した方がいいのだろうか」
と考えることがあります。
昇進する。
管理職になる。
部長になる。
役員になる。
昔は、会社の中で上に行くことが、そのままキャリアアップを意味していたように思います。
役職が上がれば給料も上がる。
裁量も増える。
任される仕事も大きくなる。
だから若いうちは、とりあえず上を目指して頑張る。
それがかなり分かりやすいキャリアの形でした。
でも最近、
本当にこれからもそうなのだろうか、と考えることがあります。
もちろん、上を目指すことが悪いわけではありません。
経営に関わりたい。
大きな意思決定をしたい。
組織を動かしたい。
そう思う人にとって、昇進は今でも重要な選択肢です。
ただ一方で、
全員が管理職になりたいわけではありません。
人を管理するより、自分の専門性を高めたい人もいる。
社内政治や調整より、顧客や商品と向き合っていたい人もいる。
責任や会議だけ増えるなら、今のポジションでいいと思う人もいるでしょう。
それ自体は、何もおかしくありません。
問題は、
「上を目指さない」と「今の場所に居続ける」が、いつの間にか同じ意味になってしまうこと
なのだと思います。
会社の中には、たくさんの仕事があります。
資料を作る。
数字を集計する。
会議を調整する。
情報を集める。
議事録を作る。
定型的な分析をする。
言われたことを、正確に処理する。
これまでは、こうした仕事をきちんとこなすことにも大きな価値がありました。
もちろん、今も必要です。
ただ、テクノロジーが急速に進化している今、
こうした仕事はAIが得意とする領域と少しずつ重なっています。
一時間かけて作っていた資料が、数分でできる。
何時間も調べていた情報が、短時間で整理される。
議事録も要約も分析も、かなりのところまでAIが支援できるようになってきました。
これらの仕事がなくなる、という話ではありません。
ただ、
「人が時間と手をかけて行う価値」の比重は、少しずつ変わっていく。
そう考えておいた方がいい気がします。
仕事をたくさん処理できることだけでは、だんだん差がつきにくくなる。
その先で、
何をやるべきか。
何をやらないか。
どこを見るべきか。
どう判断するか。
そうした部分の価値が、相対的に大きくなっていくのだと思います。
もう一つ、考えておきたいことがあります。
会社の中に適応する能力だけが高くなっていくこと
です。
この会社では誰に話を通せばいいか。
どの会議で説明すればいいか。
あの部長は何を気にするか。
誰に根回ししておけば企画が通るか。
社内で使われている言葉。
独自のルール。
過去から続いている慣習。
こうしたものを理解することも、立派な仕事の能力です。
むしろ大きな組織では、
人を理解し、
利害を調整し、
合意をつくり、
物事を前に進める力がなければ仕事は動きません。
社内調整力そのものは、
会社の外でも使える重要な能力だと思います。
ただ、少し気をつけたいのは、
それがいつの間にか、
「その会社の人間関係」や「その会社だけのルール」を知っていること
に置き換わってしまうことです。
長く働けば働くほど、
会社の中では仕事がしやすくなっていきます。
周囲からも頼られる。
評価もされる。
自分でも、
「自分にはかなり経験がある」
と思うようになる。
でも、その経験のどこまでが、
別の会社でも、別の仕事でも、自分の力として再現できるのか。
これは、ときどき確認した方がいいと思います。
例えば40代、50代になった時。
給与はそれなりに高い。
会社のこともよく知っている。
社内にはたくさん知り合いがいる。
仕事も問題なく回せる。
本人からすると、
かなり安定している状態です。
そして多くの場合、
そこまで来るために長い時間をかけて会社に貢献してきたはずです。
真面目に働き、
会社のルールを覚え、
求められる役割を果たし、
少しずつ信頼を積み重ねてきた。
だからこそ、
その状態を否定したいわけではありません。
ただ、
変化の激しい時代では、
「その会社に特化した経験」だけでは、環境の変化に対応しきれなくなることがあります。
組織再編。
事業の縮小。
AIによる省人化。
会社側の事情で、
それまでの安定が突然、安定ではなくなることもある。
これは本人の怠慢とは限りません。
むしろ、
真面目に会社へ適応してきたからこそ生まれる、静かなリスク
なのだと思います。
長く会社に合わせて働いてきたとしても、
会社の側の事情で環境が変わることはあります。
少し皮肉なのですが、
会社に長く残ろうと思えば思うほど、
会社の中で評価される能力を磨こうとします。
社内ルールを覚える。
上司に合わせる。
人間関係を作る。
会社独自の仕事の進め方に詳しくなる。
もちろん、それも必要です。
ただ、それだけを積み上げていくと、
気づけば、
会社には詳しいけれど、外の世界で自分が何者なのか分からない
という状態になることがあります。
会社にしがみつこうとしていたはずなのに、
いつの間にか、
会社から離れたら立てない状態になっている。
これは、かなり怖いことだと思います。
だからといって、
会社を辞めた方がいいと言いたいわけではありません。
独立した方がいいとも思いません。
むしろ良い会社で働けるなら、
会社という場所はとても恵まれた環境です。
大きな仕事ができる。
仲間がいる。
安定した収入がある。
自分一人では触れられない規模の仕事に関われる。
失敗しても、個人ですべてを背負わなくていい。
会社だからこそ得られる経験は、たくさんあります。
大事なのは、
会社という環境を生かしながら、自分自身も育てていくこと
なのだと思います。
そしてもう一つ。
これからは、
「上を目指すこと」以上に、「選べる状態を作ること」
が大事になる気がします。
会社で仕事をする。
そこで成果を出す。
でも同時に、
その仕事を通じて、自分には何が残ったのかを見る。
顧客を理解できるようになった。
事業を伸ばせるようになった。
営業ができるようになった。
プロジェクトを動かせるようになった。
人を育てられるようになった。
難しい問題を整理できるようになった。
合意形成ができるようになった。
意思決定できるようになった。
こうした能力は、
会社の名前がなくなっても残ります。
そしてこれからは、
もう一つ意識した方がいいことがあります。
作業する人から、判断する人へ移っていくこと。
といっても、
いきなり大きな意思決定をする必要はありません。
役職や決裁権がなくても、
判断する練習はできます。
例えば、
上司に、
「どうしましょうか?」
と聞くだけではなく、
「私はAが良いと思います。理由はこうです。どうでしょうか?」
と、自分なりの仮説を持って話してみる。
それも立派な判断です。
AIに資料を作ってもらう。
ではなく、
何の資料が必要なのかを考える。
AIに調査してもらう。
ではなく、
何を調べれば意思決定できるのかを考える。
AIにアイデアを出してもらう。
ではなく、
どのアイデアを選び、何を捨てるのかを判断する。
AIに文章を書いてもらう。
ではなく、
誰に、何を、なぜ伝えるのかを決める。
年齢とともに、
「自分が手を動かす仕事」から「何をするかを決める仕事」へ比重を移していく。
これは、管理職になることとは少し違います。
役職がなくてもできます。
さらに余裕があるなら、
会社の外にも小さな接点を持っておく。
副業でもいい。
発信でもいい。
勉強会でもいい。
資格でもいい。
業界の知人でもいい。
自分の名前で残る仕事でもいい。
いきなり会社を辞める必要はありません。
ただ、
会社以外の世界でも、自分が何者なのかを少しずつ確認しておく。
それだけでも違います。
外に出てみると、
社内では当たり前だと思っていた能力に意外な価値があることもあります。
逆に、
社内では評価されていたことが、
外ではそれほど価値を持たないと気づくこともある。
どちらも大事な発見です。
私は、
これからのキャリアで大事なのは、
「上に行くこと」より「選べること」
なのではないかと思っています。
この会社に残る。
昇進する。
専門職になる。
転職する。
副業する。
独立する。
どれか一つを今すぐ決める必要はありません。
むしろ、
どれでも選べる状態を少しずつ作っておく。
その方が、
結果的に今の会社にも安心していられる気がします。
「ここを辞めたら終わり」
と思いながら働くのと、
「外へ行くこともできるけれど、今はここを選んでいる」
と思いながら働くのでは、
同じ会社にいても、見える景色はかなり違います。
会社員人生は、思っている以上に長いです。
22歳で働き始めて、
65歳まで働けば43年。
もしかすると、
70歳近くまで何らかの形で働く人も増えていくかもしれません。
一方で、
会社や事業。
使われる技術。
必要とされる職種。
組織の形。
これらは、その間に何度も変わっていくはずです。
40年以上続く自分の人生を、
一つの会社が最後まで守ってくれる保証はありません。
だからこそ、
会社を大切にしながらも、
会社だけに自分の人生を預けない。
会社の中で働きながら、
会社がなくても残るものを少しずつ増やしていく。
会社にしがみつくには、人生は長すぎる。
だからといって、
会社を捨てる必要はありません。
会社の中で働きながら、
会社の外でも通用するものを増やしていく。
そして、いつか環境が変わった時に、
「ここにいるしかない」ではなく、
「ここにいることを、自分で選んでいる」
と言える。
そんな状態を作っておくことの方が、
ただ上を目指すことよりも、
これからは大切なのかもしれません。
