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『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』を観た・他(2026年8月28日の日記)


『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』のネタバレを含みます。

『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』を観た

 『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』を公開初日に見た。ネタバレなしの感想としては、これで当面まどマギについて考えなくていいという安堵を最も強く感じた。

 『魔法少女まどか☆マギカ』の本編にはこれ以上感情を揺さぶられたくない、過去の名作であってほしいという思いが正直ある。テレビシリーズでは格好いいアクションや格好いい画面を楽しみに視聴していたが、毎週謎めいた演出や残酷な展開に心を揺さぶられすぎて気が気でない感覚があった。ネットの考察ブームや残酷ブームにも正直辟易していた。それでも10話でのほむらが抱えた思いの種明かしでは遡及的に今までの回の必要性が全部明らかになり、11話のワルプルギスの夜との戦いのアクション、最終回でまどかが出す結論は(理屈に納得していない箇所はいくらかあれど)いずれも素晴らしく、翻弄されながらも最後まで見届けた甲斐があったと感じた。この段階で、映像的にも物語的にもこれ以上の作品はないと正直思っていた。『始まりの物語』『永遠の物語』『叛逆の物語』はこの高すぎるハードルを3作続けて上回るという奇跡のような作品たちだった。

 特に『叛逆の物語』は演出・構成がとにかく上手く、冒頭の違和感交じりの日常、それを暴く中盤の展開、最後まで見て全体の構造は『幻想交響曲』に通じるものになっていると気付かされる興奮、予想外の結末、そしてエンディングの「君の銀の庭」……と端から端まで本当に凄い。いまでもシリーズ最高傑作ではないかと思っている。物語上でも「円環の理」になることを選んだまどかに対するほむらの応答という一歩先の議論を描いており、しかもそれが予定調和を破って狂気のような愛の話に突入していく部分には全く予想しない驚きがあった。ここまで書いて初めて気づいたが、自分がまどマギに求めているのはソリッドな構成なのではないかと思う。テレビシリーズから叛逆にかけては、いずれもソリッドな構成だった
 本編の周辺にはスピンオフ作品が色々あり、それらの出来は玉石混交で、正直好みでない作品もそこそこある。だが本編だけは名作のまま終われてよかったと思っていた。だから12年も経って本編の続編を作ると聞いたときは気が気でなかった。

 ここからネタバレありの感想を書く。

 結論としては『〈ワルプルギスの廻天〉』は『叛逆の物語』を超えるものではなかった。また本作以降『まどマギ』の本編は一貫した思想のもとに作られた一本の物語ではなく、スピンオフと同じフランチャイズ的なものへと変わったという感覚があった。断片的なアイデアとサービスが詰め込まれている。「新キャラを出す」とか「ここでレイドバトルをする」とか「ここで全員が暁美ほむらを後押しする」とかいった、プログラムピクチャー的な物語側の都合を感じる箇所がかなりある。構成はあまり引き締まっておらずやや未整理で、全体的に興行化している印象がある。もっと平たく言うと仮面ライダーの夏映画に近い。ただし冒頭とラストだけはほとんど完璧で、結論部分だけはまだフランチャイズ化されていない本物の物語が残っているように思った。

 以下、印象に残っている箇所の話をする。

 冒頭のトカゲさん電話のシーン。電話は名前を呼ぶというテーマを予告する。ここは本当に素晴らしくて感動する。高層建築が立ち並ぶ無機質な夜の都市のビジュアルがいい。色もいい。謎の赤い旗がついたロープがあちこちに張り巡らされている。追い詰められたとある少女のもとに突然謎の電話ボックスが出てくる。これも赤い。その電話を取ると、新衣装を着て謎空間で謎ポーズをしている暁美ほむらにつながる。この外連味がすごい。『叛逆』にも通じるバレエのような動き。電話を経由して願った少女たちは、一夜限りの変身で全能感に満ちた戦闘を行い、そのまま最後は記憶を失う。一見すると特に物語に寄与しないパートだが、実はラストの伏線なのではないかと思う。後述する。
 敵こそ実写コラージュで作られてはいるものの基本的には都市がそのまま生かされたうえで赤いライトに照らされており、今までのイヌカレー空間的なものとは一線を画す全く新しいイメージがあった。当時はあまり見なかったドローン、画像認識AIのアノテーションのようなエフェクト、グリッチ演出などもある。挑戦的でよかった。ここを見た時点では全く新しくて格好いい映像の『まどマギ』が展開されるのはという期待があった。

 しかし新しい映像への期待は早々に裏切られることになる。暁美ほむらとよく似た顔をもつ名前のない先輩、登場シーンが予告の強敵感と違ってかなりの変人キャラとして噴水に寝そべったギャグみたいなポーズに出てくる。その画面どういう意図なの!?てかそのくらいの親しみやすそうなキャラなの!?先輩がまどかの家に侵入するシーン、不穏な電話が大量に並べられていて突然鳴りだす。ここは先輩(ワルプルギスの夜)は個々を認識する名前を呼んでほしいから電話を置いているのではないかと考えられ、大量に存在するのは集合体であるからという予告でもあると思われる。絵面もいいしハッタリも効いていていいのだが、意図的なCG丸出しの異物感が中途半端すぎる!!なんというか画面の理屈の突き詰めが弱いように感じられる。まどかを求める先輩に対してほむらが妨害するバトルパート。トカゲと合体する悪魔ほむらの変身、金属板を投げつけるバトル、上空まで突き抜けるテカテカした金属板と夕方の雲のコントラストなど、絵面は結構よかった気がする。しかし飛び道具すぎて叛逆の近接バトルアクション映像のようなハラハラ感や目を引く印象はあまりなく惜しい。まどかに偽の記憶を与えているほむらの選択を無様だと先輩が言う。名前を呼んでほしい・覚えていてほしいという願望を持つことが後で明らかになるので、確かに一貫性があるように思う。

 中盤からはさやかが世界の違和感を探るもう一人の主人公役を担いつつ、違和感ある日常とゲストキャラの個別エピソードが描かれる。ゲストキャラが魔法少女達に接近するパート、ここでも絵面にあまり納得が行かない。『叛逆』では対話シーン背景は現実と虚構の重なる移行空間的なものだったのに対して、ここは特にそういう意図があまりない。『叛逆』はほむらが信頼できない語り手だったが、『廻天』はいわば倒叙ミステリの方式でさやかが謎の迫っていく。この流れはかなりいい。さやかは成長途上にあり泥臭く行動できる性格をしているため、停滞した状況に変化をもたらす主人公役にふさわしい人選だろうと思う。明らかに『叛逆』のセルフオマージュ的シーンがある。ここはアツい。
 名前のない先輩の拠点を調べ上げ潜入するパート。大量の換気扇と目に囲まれている路地裏も、全ての魔女を記録しているという名塚底根の空間も、どちらも大量に並んだ何かという不穏さがあり確かに魅力的なのだが一貫性あるコンセプトという感じがしない。本当にあと一歩何かがあれば完璧なのに感がある。宇宙の外にある「円環の理」が最も外部だと思っていたのに、それが及ばない別の外部の領域を作ってしまうのは反則でないかとちょっと思う。「円環の理」とは違って概念というより空間であることも混乱に拍車をかける。名前のない先輩=ワルプルギスの夜/ワスとの対峙とバトル。正直ここはワルプルギスの夜というTVシリーズのラスボスを出しておきながらあまりにも絵面が弱い。まどかが消滅する原因であるし何度やっても勝てなかった強敵であるわりに絶望するような演出もされずほむらの反応も薄い。ワルプルギスの夜への思い入れを考えると、現代の最高水準の作画で、TVシリーズ並みのワルプルギスの夜の全容と恐ろしい力を見せてほしかった。

 ゲストキャラはそれぞれ本編と叛逆で語り落した補完的な議論を行う。紫丁香は人格付きの完全な円環の理を求め、システムでなく人が人を救うのだと主張する。セルマは円環の理の救済ではなく宇宙のエネルギーになって貢献したい=生産性を是と思ってしまう呪いにかかっている。ワルプルギスの夜は「まどかと同じ魔法少女を救いたいと願うものの存在が他に居たのではないか?」という問題に答える。
 この映画の最大の問題として、ゲストキャラの議論とバトルが上手く対応していないという点がある。紫丁香はバトルを通じて議論をするのでうまく行っている。システムでなく寄り添う人の人格こそが紫丁香を救う。だがセルマのパートに入ると、セルマはまどかを魔女化させてレイドバトル展開に持ち込んでしまう。この結果として、ワルプルギスの夜との議論や説得がバトルを通さず急に回想に入って終わってしまうし、まどかが議論の場から排除されてしまう。「いったい何と戦っているのか」というさやかの自己言及的なセリフ。ヤケクソかと思ってしまう。呆れて帰宅したさやかの家の部屋番号が404になっている。ステータスコードの演出?ちょっとシャバ息がする。ほむらはまどかとの再会を諦めかけるが、いつの間にかさやかを中心として全員がほむらを後押しする。確かに上記議論を経由すると「人を救うのはシステムではなく人格である」「円環の理というシステムではなく人格としてのまどかを求めるべきである」ということになるが、その議論の場にいなかったマミやなぎさまで後押しするのはちょっと物分かりが良すぎて変だ。ワルプルギスの夜の人間自体の回想はエピソードとしてはすばらしいが、絵面があまり面白くないのにメチャクチャに長く、バトルのテンションとちぐはぐな感じがある。だが名前を呼んでほしいという強い一貫性がある。

 ラストではようやく『叛逆』の先の議論に入る。円環の理からまどかをもぎ取ったほむらに対して遂にまどかの側から回答がある。まどかはどの状況にあってもすべての魔法少女の救済を選び、それでもほむらは円環の理に戻ろうとするまどかの人格をとどめようとする。まどかと円環の理の対峙シーンで具体的に何が起こったかは語られない。戦いの後の現実世界では、ほむらはまどかに膝枕されて眠っている。だが次の瞬間にまどかは消えてほむらは一人眠っている。まどかは実は去っていたらしいことが示唆される。どこからか電話がかかり、誰もいないほむらのアジトにで電話が鳴っている。具体的に示されないが、ほむらとまどかが名前を憶えており呼び合うことを示唆しているようだった。電話に始まって電話で終わる、円環的なこのラストシーンはよかった。
 実はラストで眠っているほむらと、冒頭のトカゲさん電話の力を借りた後に眠っている少女は相似形になっているように思う。トカゲさん電話の力を借りた少女は一晩だけの夢のなかで全能感に包まれて魔獣と戦い、眠りに落ちて記憶を失う。ほむらもまた「まどかを取り戻したという幸福な世界で全能の神として振舞う」という一晩だけの夢を見ていたのではないか。もしかするとほむらが円環の理をもぎ取って実際に引き戻したのではなく、まどかと円環の理とがそのような夢を見せていただけなのかもしれない。ここだけは本当に美しくて、15年耐えてよかったと思った。

 この映画を見終わってから、今までは『魔法少女まどか☆マギカ』という夢を見ており、そこからようやく覚めたような感覚があった。まどマギが提示した少女による救済だとか誰か一人を犠牲にしていいのかとかいった問題は全く議論が進展せず、その間に過ぎた15年の時間は関心を失わせるのに十分すぎるほど長かった。もう大人になり社会を運営したり弱者を守ったりするような立場になった以上は「世界を救うためにその身をささげることを迷わず選ぶ少女」という話をまともに肯定することはできなくなってしまったし、希望とか絶望との向き合い方も慣れてしまい世界を変える力がどうこう言われてもナイーブに感じてしまうようになった。すべてが素晴らしい映像でできている映画だからその続きを確かめたいという関心だけは残っていたが、光るところがあれど隙が多く粗削りな本作を見てその夢からも目覚めてしまった。完璧なものが作れる機会や時間というものは限られているし、映画には見るべき年齢がある。その短い夢の時間が終わってしまったんだなと思った。

以下は日記

生活

 朝から仕事をする。昼に面接があり久々に社会人らしい振る舞いをする。夕方に注文していたダンベルが届く。先日買ったものは不良品だったが、今回は問題なく使えて安心する。仕事を18時過ぎに切り上げて御徒町まで行き、TOHOシネマズ上野で『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』を見る。帰宅後はボーッとしながら深夜アニメを見る。アニメを一通り見た後は疲れて動けず、やっと身体を起こして風呂に入ると朝4時。ようやく寝る。

きょう観たアニメの感想

領民0人スタートの辺境領主様 8話

 ディアスを恨む第三王女・ディアーネが率いる大軍がイルク村に迫り、隣国の領主エルダンも玉璽付きの王命に逆らえず出兵している。だがエルダンはディアスへの信頼から牛歩戦術を取って兵を足止めして妨害、犬人族たちとエルナーの活躍もあり兵を分断してディアーネだけを捕らえることに成功する。後半は戦いの後に中央の王位争いが描かれ、ディアスたちの領地が力を付けることへの警戒が強まる。
 意に沿わない侵攻を迫られても牛歩戦術でボイコットするという部分は権力への抵抗の描写としてかなり良かった。玉璽を取り返した褒章として免税を求めて国力増強をはかるエルダン、穏当そうにみえて政治的にはかなりやり手というギャップがいい。

逃げ上手の若君 2期7話

 生き汚くて思ったことが顔に出る時行の叔父・北条泰家が登場する。額に書き文字がそのまま出てくるすごい演出。同時に玄蕃は足利家の執事・高師直配下の忍びの集団「天狗衆」が迫っていることを知る。時行たちは身の安全とこれからのための勉強を兼ねて京の都を目指すことになる。
 カットが変わるたびに額の書き文字もかわるやかましいギャグ、リアリティを度外視した忍びの技のアクションパートがよかった。一方で逃げたり惑わせたりする戦いから本当の殺しが近づいていることを感じさせる寂しさもあった。

神の雫 21話

 新世界ワインをめぐって今までにない土地へ旅するというテーマ自体は悪くないのだが、青年誌やビジネス漫画にありがちな外国のステレオタイプといっちょ噛みしたような浅い政治社会観が厳しい……!

転生したらスライムだった件 4期20話(92話)

 前回のラストで消滅したと思われたヒナタの精神はクロエの中に保存され、クロエは過去へと遡行していた。何度もループしてリムルとヒナタの死を経験してきたというクロエは、前回のループがイレギュラー的にリムルが生存しているパターンだったと語る。前回と同じルートをたどるため、2人はルミナスと接触することに。クロエははじめは不信感を抱かれていたが次第にルミナスの信頼を得てかけがえのない関係になっていく。この歴史でクロエは勇者クロノアを名乗った。
 種明かし編だが、思ったより強めの百合回でもあった。あと「未来のルート選択のために犠牲を見逃さなくてはいけない」「自分だけが親しく思っていても時間が戻っているので相手からは認知されていない」など、タイムリープものの美味しい部分をちゃんとやっていて偉い。なんと前後編ある。

これ描いて死ね 8話

 コミティアを終えた安海はネタ切れになっていたが、手島先生から島を見て回るよう提案され島巡りをすることに。安海は手島からネタ帳としてノートを譲り受けるが、そこには「漫画で描きたい100のコト!!!」が消された痕跡があった。
 手島先生から受け継がれる思いとしてのノートというアイテムだけでも既にアツいが、ただ受け取るだけでなくそれを1000のコト!!!!に増やしてしまう安海の思いもいい。描くこと・読むことを通して世界の認識が変わり思いも伝わるというこの作品の一貫した姿勢がある。

うちの弟どもがすみません 9話

 糸は源への恋心を自覚するが、家族の形を変えたくないからと想いを隠し通そうとしている。だが洛に早速バレてしまった。さらに洛との会話を源に聞かれてしまう。だが源は勘違いをしてしまい……。
 誕生日パーティのパートで久々にリモートで両親が出てくる。家族に関する議論をするうえで重要な役回りの割にしばらく出番がなかったのでちゃんと出てきた安堵する。それはそれとして結果的に子供を置いて行っていることがやっぱり引っかかる。
 ところで家族愛と恋心とは矛盾せず重なる部分も大きいのではないかという印象があり、悩まず思うまま振舞っていたら全然よさそうな気がする。

ヘルモード ~やり込み好きのゲーマーは廃設定の異世界で無双する~ 21話

 100万もの魔王軍をティアモで迎え撃つため、「廃ゲーマー」は遅延戦術を仕掛ける。エクストラスキルを駆使して数を減らし、さらに魔石の消耗問題を上手く攻略して戦いには勝利した。だが残党がまだ残っている。
 後半ではアレンが魔獣に化けて魔王軍幹部のもとに潜入して侵攻計画の情報を持ち帰る。ローゼンヘイムに迫る軍を倒すため、クレナとドゴラに限界突破の修行を課すことに。
 この作品およびこの監督らしい熱血修行展開で笑ってしまう。魔王軍パート、妙に上手い東北訛りの幹部がおり説明的なシーンをギャグに使ってしまう監督の味がまた出ている。

うしろの正面カムイさん 9話

 地獄に落ちてしまったカムイさんが現世に戻るべく閻魔大王のもとへ猪突猛進する。エヴァみたいな太い明朝体フォントが出てきてエヴァのネルフ本部みたいな防衛実況パートが入る。現世では死体を奪う火車がカムイさんの病室に迫り、シヅカが必死に守ろうとする。
 エヴァパロディで防壁を貫通するビームみたいな描写があるが勃起した男性器であまりにひどすぎる。それなのにカムイさんの帰還が本当に嬉しい。

コードギアス 奪還のロゼ 8話

 アッシュは復活したアーノルドにギアスキャンセラーで真実を突き付けられ、動揺しながらも戦うことになる。クリストフはサクヤを捕らえてギアスを実演させ、被験者の身体を切り刻んで調べようとする。尋問で拠点が暴かれたためにレジスタンスは窮地に陥る。
 真相が明らかになっていき窮地を迎えるという後半の重要局面らしい面白さは確かにあった。しかしちょっと変なところがある。原典のカレンに相当するキャラであるはずハルカはエースパイロットなのに戦績が悪く今回ずっと窮地で見せ場が与えられてない。自爆特攻を仕掛けるレジスタンスの老兵たちのシーンだけ絵面が『境界戦記』すぎるし、あんまり格好良く扱うべきではないので倫理的に心配になる。あと拘束されたサクヤの服だけなぜか胸を強調するような乳袋が付いていて、このサービスカット本当に何?今必要?と思わないでもなかった。


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