ビジネスナレーションという選択肢 ── ナレーションで食べていくために、いちばん再現性がある道
企業のストーリーを伝えるのが好きだ
やっぱり僕は企業のストーリーを伝えるのが好きだな、と思うことがあります。
自分の生活は、無数の会社に支えられている。朝に使う歯ブラシにも、通勤で乗る電車にも、昼に食べるものにも、その裏には誰かが何年もかけて作ったものがある。表からは見えないその陰のストーリーを知るのが好きだし、声で伝えるのも好きです。
だから僕は、CMや企業VPを主軸に仕事をしてきました。
そして、教える仕事もしています。hitocoeとして2021年からナレーションの発信を続けていて、個人レッスンは1,000回を超えました。グループレッスンも合わせると、のべ500名以上の方の声を聴いてきたことになります。
その中で、いちばん多く受けてきた相談があります。
「どうすれば、ナレーションで食べていけますか」
答え方はその人によって変わります。歩いてきた道も、得意なことも、住んでいる場所も違うので。
でも、何百回も答えたあとで振り返ってみると、自分の答えはいつも同じ方向を指していました。企業が仕事のために作る映像や音声。CM、企業VP、採用動画、Eラーニング、音声ガイド。だいたいこのあたりの話をしている。
ただ、そこで毎回つまずくことがありました。
その領域に、まとまった名前がない。
だから「ここを狙いましょう」と、一言で指し示すことができない。「CMの読みはこうで、VPの読みはこうで、Eラーニングだとこうなります」と、個別に並べるしかない。
並べられた側からすると、それが全部つながった一つの領域だとは思えないんですよね。どこから手をつければいいのかも分からない。
同じ方向を指しているのに、指し示す言葉がなかった。
だから、それらに「ビジネスナレーション」と名前を付けました。
ビジネスナレーションとは何か
ビジネスナレーションとは、企業活動とダイレクトに結びつく映像・音声に乗るナレーションの総称です。
具体的には、こういうものが含まれます。
CM(テレビ/Web/ラジオ)
企業VP(製品・サービス・会社紹介・採用・展示会・周年記念・イベント・ブランディング動画など)
Eラーニング・研修動画
音声ガイド(美術館・博物館・観光施設)
デジタル音声広告
インフォマーシャル
館内音声
IR資料・社内映像
どこまでがビジネスナレーションか
ここは線を引いておきたいところです。
アニメやゲーム、ドラマも、作っているのは企業です。だから「企業が作る映像・音声」と言ってしまうと、全部入ってしまう。
でも、あれはコンテンツそのものが商品なんですよね。作品を売っている。
ビジネスナレーションはそうではなくて、商品や事業を「伝えるため」に作られるものです。CMも、会社紹介VPも、採用動画も、Eラーニングも、音声ガイドも、全部そう。売りたいもの・伝えたいものが別にあって、その手前にある。
だから僕は「企業が作る」ではなく、「企業活動とダイレクトに結びつく」という言い方をしています。
そしてこの違いが、そのまま次の話につながります。作品には作品の枠があって、その枠の数は決まっている。でも企業活動は止まらない。ここが決定的に違うところだと思っています。
そして僕は、ナレーションで食べていくなら、いちばん再現性があるのはこの領域だと思っています。
「再現性がある」というのは、どういう意味か
ただ、これをやれば必ず仕事が来る、という話ではありません。そんなことは誰も約束できない。営業も、巡り合わせも、続けられるかも関わってきます。
僕が言っている「再現性」は、もっと限定された意味です。
型として学ぶことができて、身についたかどうかを自分で判定できる領域である、ということ。
これだけです。でも、これがあるかないかで、努力の意味がまったく変わります。
理由を4つ書きます。
① 需要の裾野が、とにかく広い
企業は毎年、何かを作ります。
大企業だけの話じゃありません。地方の中小企業も、自治体も、学校も、病院も、映像を作る。採用のために作る。展示のために作る。研修のために作る。年度が変わればまた作る。
これは「作品の枠がいくつあるか」とは、まったく別の勘定です。
「今年はこの枠に何人入れるか」という椅子取りの構造ではなく、作る主体そのものが膨大にある構造なんです。ここが一番大きい。
② 型がある。だから、学べる
ビジネスナレーションは、ジャンルごとにフォーマットが決まっています。
音声ガイドなら、冒頭の「〈施設名〉の〈企画展〉へようこそ」が命です。最初の1〜2秒で「これは音声ガイドだ」と判別させないといけない。そして主役は展示物なので、前に出過ぎず引き過ぎず、聞き手のちょい後ろから耳元で教えるような立ち位置を取ります。
採用動画なら、目的は「そこで働くビジョンを分かりやすく持たせること」です。ポエティックな表現はブランディング動画では抜群に効きますが、採用動画では分かりやすさが優先されます。
インフォマーシャルなら、「悩み提示 → 出会い → ビフォーアフター → 商品名 → CTA」という番組のフォーマットを丸ごと入れます。長尺でも「長めのCM」にしてはいけない。
こういうものを、僕はジャンルの型、あるいは相場感と呼んでいます。
そして型を外すと、読みや音質がどれだけ良くても「テーマに合っていない」で終わります。これは残酷ですが、事実です。技術の外側で落ちる。
でも、逆に言えばこうです。
型は覚えられる。
覚えたかどうかは、自分でも判定できます。「この原稿はどのジャンルの型に属していて、その型はどういう決まりを持っているか」を言えるかどうか。言えるなら掴んでいるし、言えないなら掴んでいない。それだけです。
「才能がある人が選ばれる」のではなく、「型を掴んだ人が外さない」。
これが、僕がこの領域を勧める一番の理由です。努力が結果に翻訳されやすい。
③ 宅録で完結する案件が多い
ビジネスナレーションは、スタジオ拘束が前提ではない案件がかなりあります。宅録で録って、データで納品して終わる。
これが何を意味するかというと、住んでいる場所に縛られないということです。むしろ地方在住は武器になり得ます。地元の広告事情を知っていて、地元の企業をリサーチできて、地元のコミュニティに入り込める人は強い。「地元に深く刺す」は、この領域だと本当に効きます。
もうひとつ大きいのは、稼働を自分で組めることです。
収録日が向こうの都合で固定される仕事と、自分のタイミングで録って納品できる仕事は、生活の組み立て方がまるで違います。だから、他の活動と両立できる。声優として活動を続けたい人が、その活動をやめずに柱をもう一本立てる、という選択が現実的に取れる。ここは僕がこの領域を推す理由のかなり大きな部分です。
④ 一発の当たりではなく、積み上げになる
企業は、同じシリーズを作り続けます。
製品ラインごとに作る。年度ごとに更新する。シリーズものの2本目、3本目が来る。そのときに「前回と同じ声で」と言われる可能性がある。
さらに、上流(エンドクライアントや代理店)とつながることができれば、間に入る制作会社が変わっても指名が続くことがあります。
つまり、1本の仕事が次の仕事の入口になり得る構造です。
これが再現性という言葉の、たぶん一番の中身です。当たりを引き続けるゲームではなく、積み上げるゲームになっている。
じゃあ、どうやって学ぶのか
ここまで読んで「型が大事なのは分かった。で、どうやって型を掴むのか」と思った人に、順番を書いておきます。
まず、売れたい市場を先に決める。
これを飛ばすと全部ぼやけます。「ナレーション全般が上手くなりたい」だと、狙いが定まらないので何を練習すればいいかも決まらない。
次に、その市場で売れているナレーションを聴く。大量に聴く。
実際の納品物、企業の公式チャンネル、事例集。企業の公式チャンネルは最良の教材です。同じ企業でも、ファミリー層向けのラインと高級ラインでは読みもBGMも変わっています。それを聴き比べると、フォーマットが見えてきます。
目安としては、狙うジャンルの原稿を見た瞬間に、音声が脳内で再生されるレベルまで聴く。ここまで来ると、脳内再生と喉がリンクします。
そして、コピーする。
僕はこれをミラーリングと呼んでいます。元の音声と自分の読みを重ねて、音を分析して、再現して、比較する。これをループさせる。音だけをコピーするのではなく、話者の立場や気持ちごとコピーします。ピッチだけでなく、表情の重心(上下方向)も再現の対象です。
余力があれば、原音と自分の読みの波形を並べて比較するところまでやってみてください。母音の長さ、リズム、語尾の一音の響き、子音の混ぜ方。耳だけでは気づけない差が可視化されて、それがそのまま自分の語りへの理解になります。
そして、どれだけコピーしても消えない部分が、その人の個性です。
コピーしても及ばない、ではありません。違う色なんです。消えなかったものが、自分が売れる場所を教えてくれます。
そしてもうひとつ。「売れたい市場を決める」は、細かく決めたほうがいいです。
「制作会社に営業する」では動けません。「〇〇分野の広告を扱う制作会社」まで定めると動けるようになる。ビジネスナレーションが型を持つ領域だということは、こういう絞り込みが具体的にできる領域だということでもあるんです。ここが繋がると、練習と営業が別の作業でなくなります。
名前を付けたところから始める
長くなりました。まとめます。
ビジネスナレーションは、企業活動とダイレクトに結びつく映像・音声に乗るナレーションの総称です。作品そのものではなく、商品や事業を「伝えるため」に作られるものに乗る声です。
需要の裾野が広く、ジャンルごとに型があって学べて、宅録で完結する案件が多く、積み上げになりやすい。だから僕は、ナレーションで食べていくならいちばん再現性がある領域だと思っています。
繰り返しますが、これは「必ず仕事が来る」という話ではありません。「努力が結果に翻訳されやすい構造をしている」という話です。
そして、名前を付けたことで僕自身が変わりました。「何の人ですか」に一言で答えられるようになった。教えるときに順番を作れるようになった。狙う場所を人に説明できるようになった。
名前がないものは、認識できません。認識できないものは、狙えません。
だから、もし今「声の仕事を続けたいけど、何から手をつければいいのか分からない」という状態にいるなら、まず自分がどの領域で戦うのかに名前を付けてみてください。それだけで、次に何を聴けばいいかが決まります。
筆者プロフィール
片岡あきら(かたおか あきら)
企業VPやCMを中心に活動する現役ナレーター。
オンラインのナレーションコミュニティ「hitocoe」を主宰し、発声から読解、営業戦略までを体系化したメソッドでナレーターの指導にあたっています。
「もっとナチュラルに」のような抽象的なディレクションを、声の芯・口の形・息の量といった身体操作に翻訳して伝えるレッスンを得意としています。
hitocoeではnoteメンバーシップを運営しております。
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