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73日目【小説】死にに来たらスカウトされました@東尋坊

あらすじ


生きる意味を見失い、東尋坊の断崖に立った藤堂蓮
そのとき、現れたのはスーツ姿の男――幽霊専門のスカウト、梶原だった。
「あなたのような“死にたて”は、各社が狙ってるんです」
ミステリースポットで人々を“演出”する幽霊アクターという仕事。
怨念も未練も、すべてが力に変わるこの世界で、死者たちは今も誰かの記憶に残ろうと演じている。

“死”の先にある選択肢を知ったとき、藤堂が見つけたものとは――。

命の終わり際に差し出された、もう一つの「役割」の物語。


プロローグ:断崖の夜、最期の景色

風が冷たい。
日本海の波が、断崖の岩にぶつかって砕ける音だけが響いていた。
他に誰もいない。ただ、波と風と、冷たい石の感触。

藤堂蓮は、東尋坊の崖の上に立っていた。
靴の先端が、ぎりぎり岩の縁に乗っている。足を滑らせれば、それだけでいい。

ポケットの中には、電源を切ったスマホ。
遺書なんて書かなかった。書く相手も、書く意味もなかったから。

何を失ったか、なんて、数えればキリがない。
だけど“何かがあった”という実感の方が、今は苦しかった。

家族とは、うまくいかなかった。
恋人には、「私たち、もう一緒に落ちるしかないね」なんてLINEを送って既読無視された。
大学は卒業したが、就職先も決まらず、バイトもクビ。
地元にも帰れない。都会にも居場所がない。

「――もういいだろ」

そう呟いた声が、風にさらわれて消えていく。
崖の下を覗き込んだ。黒く、深く、底が見えない。
怖いとは思わなかった。ただ、“やっと終われる”という感覚だけ。

心臓は穏やかだった。手も震えていない。
一歩踏み出せば、すべてが終わる。そう思って、足に力を込めたその時――

「――ちょっと、失礼。お時間よろしいですか?」

背後から、不意にかけられた声。

男のものだ。軽い調子。まるで、カフェの席にでも座るかのような無遠慮さ。
この場所に、こんな時間に、他人の声なんて、ありえない。
ぞわっと背筋を冷たい何かが走った。

蓮は、ゆっくりと振り返った。

そこに立っていたのは――
場違いなほど皺の入ったスーツを着た、奇妙な中年男だった。


第1章:前編 老舗・東尋坊事務所へようこそ

「……誰?」

振り返った藤堂蓮の口から、かすれた声が漏れた。

その男は、しわだらけのスーツにくたびれたネクタイ、片手には妙に分厚いビジネスバッグ。
まるで営業回り中のサラリーマンのようだが、こんな断崖の夜に似合う風景ではなかった。

男は、にっこりと笑った。歯並びはやけに綺麗だった。

「いやあ、ちょうど良かった。まさに“いま”な方、いらっしゃいませんかね〜と思って、来たんですよ。
 えっと……お名前、なんとおっしゃいます?

蓮は答えず、一歩後ずさった。
怖いというより、状況が理解できなかった。
自分は、死の寸前だった。そこに現れたこの男は、なにを、なぜ、こんな場所に?

「……あの、警察とかじゃないですよね」

「違います違います。わたし、こちらの者でして――」

男はビジネスバッグをごそごそと開け、手慣れた動作で名刺を差し出した。
『東尋坊事務所 スカウト部門 梶原 彰』とだけ印刷されたシンプルなカード。

「あなた、今日が“その日”ですか?」

「……は?」

男――梶原は、まるで営業スマイルのような顔で言った。

ようこそ。東尋坊アクター事務所・スカウト担当の梶原です。
 あなたのような方をお待ちしておりました」

藤堂はあ然とした。

「……何の話ですか?」

幽霊アクターです。
 全国のミステリースポット、心霊名所、旧跡、古戦場、峠、トンネル、廃墟――
 “出てくる人”たちは、全員、うちのような事務所に所属するアクターなんですよ

「……え?」

この業界も今、人気でしてね。
 新卒死者の数に対して、心霊案件が年々増加。
 さらにネット拡散系・海外案件・ライブ型演出が伸びてまして――
 競合も多くて、“死にたて”の方は各社が取り合う状況なんです。

梶原はそう言いながら、タブレットを取り出して何かをスワイプする。

「ですので、こうやって**“現場スカウト”**してるんですよ。反応があってから5分以内に接触。即日内定も出します」

「……いや、ちょっと待って、俺まだ――

うちは老舗です。

梶原が、藤堂の言葉をかぶせて潰すように言った。

「創業は江戸期、明治以降は近代霊能管理庁の登録下で“霊的演出”を一括受託。
 昭和以降も廃墟・団地・温泉地・都市伝説系と常に時代に即応してきました」

「いま俺、“まだ死んでない”って言おうとしたんだけど……」

「**もちろん報酬制度もあります。**出演料は“出現単価×演出時間”、SNS系はバズ倍率付き、
 衣装貸与・演技指導・冥界内住居支援・心理サポート完備。業界最高水準です」

「いや聞いてないって!ていうか死んで――」

安心してください、」梶原が言った。
「**あなたのような“死にたて”の方なら、間違いなく活躍できます。**なんせ、うちは老舗ですから

藤堂蓮は、もはや驚くより、現実感が削れていく感覚に囚われていた。

まるで夢だ。
けれど、断崖の冷たさは、まぎれもなく現実だった。


第1章:老舗・東尋坊事務所へようこそ


「ほら、こちらがうちの主力アクターですね。廃墟系の子なんですけど」

梶原はタブレットの画面をスライドした。
再生された映像には、ボロボロの廃ビルの一角。
物陰から、白装束の女が“ぬっ”と姿を現すと、カメラがぐらぐら揺れて悲鳴が響いた。

「これ、深夜2時の現場ですね。演技力もさることながら、虫との根比べが大変で

「……虫?」

「いますよ、ああいうところ。ゴキ、ムカデ、ゲジゲジ。冬場は少ないんですけどね。
 だから演者は虫耐性と出現タイミングの反射神経が求められるんですよ。見えないからこそ、怖い」

「……演者って、幽霊なのに?」

「いえいえ、演者は**“元・人間”**です。自死、事故、災害――理由は様々ですが、
 未練や怨念というエネルギーを持った方に限り、登録が可能です。つまりあなたのような――」

「……」

蓮は、もう驚いていなかった。
頭が情報についていけていないだけで、自分の“死”がすでにスカウト材料にされていることに、
どこかで納得しかけている自分に気づいていた。

「で、報酬は?」

「現世通貨での受け取りは不可能ですが――**“存在意義の継続”**というかたちでお支払いしています。
 とくに人気スポットでの出現は、かなりの満足度が高く、評判もよく……えーと、あ、そうそう!」

梶原は勢いよくスワイプした。

「こちら、貞子さんの紹介スライドです。今のうちのエースですね」

タブレットには、井戸の中から這い出る女性の写真。
白いワンピース、顔が見えないほどの長髪。まさに、あの貞子。

「……本人?」

「ええ。うちの所属です。
 この映像は去年のリバイバルツアーの際に撮影されたもので――」

「……貞子って、ほんとに……“いる”の?」

蓮の言葉に、梶原の動きがぴたりと止まった。

彼は、タブレットをゆっくり閉じると、まるで予定通りだったかのように微笑んだ。

「――第2章、貞子のプロ魂にてご説明いたしましょう」

その言い回しに、蓮は少し眉をひそめるが、もはや驚きはしなかった。
“死”と“演技”の境界があいまいになっていくのを、ただ、静かに感じていた。

そして梶原は、ふとタブレットを掲げたまま、蓮の背後――あなたの方に向けるように視線を動かした。

「……ああ、それと。今、こちらを覗いておられる方

誰もいないはずのその向こうの“あなた”へ向かって、穏やかに、けれど確実に語りかける。

「もしかして……あなたも今、“崖の上”に立ってたりしませんか?
 ほんの少しでも、覗き込んでしまったなら。そちら側の世界に、少しでも興味があるなら――

にこり。

「ようこそ。お話は、ここからです」


第2章:貞子のプロ魂

「貞子って……ほんとに、いるんですか?」

自分でも口にした瞬間、馬鹿なことを聞いたと思った。
だが、梶原はまるで待っていたかのように目を輝かせた。

「いますとも。うちのエースです。貞子さんは、日本のホラー文化を支えてきた誇りですからねぇ」

そう言いながら、梶原はタブレットを再起動し、なにやら“紹介スライド”を開いた。

画面に映し出されたのは、黒髪の女が井戸から這い出る写真。
背景は古びた和室、青白い照明、霧がかかったようなエフェクト――
でもそれよりも、下にある「スタッフ:東尋坊事務所」クレジットの存在の方が、蓮には衝撃だった。

「これ、……ガチなんですか?」

「ガチですとも。これは2023年度の再演“貞子・ナイト”の一幕です。
 メイクチーム、照明、演出、全てプロ。貞子さんご自身もですね、
 日々演技のブラッシュアップに余念がないんですよ」

「……今さら、怖がらせ方を勉強するって?」

「そう! テレビが減ってる今だからこそ、SNS展開やAR連携とかも視野に入れて――
 ご本人、ちょっとヒマしてるけどモチベは高いんですよね。
 “そろそろ出番、来ないかしら~”なんて言いながら、リングのビデオ持って現場入ってきます」

梶原はタブレットをスワイプして、別の画面を表示した。
そこには“貞子公式アクター”としての経歴が、リスト形式で並んでいた。


■貞子:出演歴(一部抜粋)
・リング・リブート(劇場型演出・配信プラン)
・山間の井戸リアル体験イベント(AR併用)
・幽霊百選VR出演(#32「底なし井戸の彼女」役)
・百物語ナイト@池袋(演出協力・演者兼任)


「ここまでキャリア積んでるアクター、なかなかいませんよ?
 貞子さん、いまでも**“貞子さんに憧れて死んだ”**って子、多いんです。すごくないですか?」

「……いや、怖いというか、なんか……」

蓮は言葉に詰まった。
感情が追いつかない。
死んだあとに“キャリア”や“リスペクト”が発生する世界なんて、想像もしなかった。

「うちはね、**単なる幽霊ではなく、“役”を生きていただく”**のが基本なんです。
 死んでなお演じることが、人の記憶に残るって……ちょっと素敵じゃありません?」

「……それ、演じるってより、もう……」

生きるってことです

梶原は不意に真面目な声で言った。
それが、初めての“説得”だったように思えた。

タブレットに映る貞子の井戸の写真。
蓮は、そこにかつてテレビ越しに怯えた“化け物”ではなく、
今ではどこか――“働く人間”を感じていた。

「……でも、やっぱ、怖いっすよ」

「怖いからこそ、意味があるんです。
 死者は、恐怖とともに“残る”ことができますから。

波の音がまた聞こえてきた。
断崖の先に立っていたつもりだったのに、
いつの間にか蓮は――**“落ちるかどうかを保留している”**ことに気づいた。


第3章:伝説の首、演出中

崖の風が、ほんの少し弱くなった気がした。
東の空にはまだ光はない。けれど、波の音は少し優しく聞こえる。

藤堂蓮は、タブレットの画面をぼんやり見つめたまま、ぽつりと口を開いた。

「……あの、じゃあ、将門の首塚って……やっぱ、いるんですか?」

梶原の指がぴたりと止まった。
次のスライドに進もうとしていた手を止め、口元だけで笑う。

「ええ、いますよ。ちゃんと演じておられます。今も、現役で。

「誰が?」

「うちの所属アクターです。名前は非公開ですが、かなりのベテランですね。
 演技歴50年近い、いわば“将門専属”です。伝統重視の現場でして、
 出現のタイミングは、年に数回だけ。でも、密度が違いますよ。空気が変わる」

「……それって、怖いから?」

「怖いっていうか、“重い”んですよ。存在感が。
 将門様って、そもそも伝説のアクターたちの中でも特異な存在ですからね」

梶原はまたタブレットをスライドし、
首塚の空撮写真や儀式風景の映像をいくつか見せた。
静かにたたずむ塚、紙垂が風に揺れている。

「……ちなみに初代の方は?」

不明です。失踪したとも、戻れなくなったとも言われてます。
 というのも――この塚って、昔は本人が“直演”してた可能性があるんですよ

「本人……?」

梶原は肩をすくめた。

「もちろん、確証はありません。けど、うちの事務所が設立される前は――
 **“自分で出てた時代”**があるんです。将門様に限らず、ね」

「……ああ、そうか。じゃあ……道真公とか、崇徳院とかも?」

「――おお、いいとこ突きますねえ!」

梶原は目を細め、軽く拍手を打った。

あの二人は完全にフリーランスでしたよ。
 道真公なんて、雷神名乗って天候制御型のアクション系アクター
 雷落としたり、校舎の上に出たり。完全に無所属、事務所通してなかったんです」

「じゃあ崇徳天皇は?」

「“呪術系”。文系のくせにガチで術使ってたタイプですね。
 京都の平安業界でも“あの人はやりすぎ”って言われてたくらい。
 死んでからが本番、みたいな人生(?)送ってます」

「それ……あいつらが暴れたせいで、事務所できたんじゃないの?」

正解!

梶原は嬉しそうに頷いた。

「将門、道真、崇徳――怨霊御三家が暴れ回ったおかげで、
 各地で“演出の統一と安全性”が求められるようになったんです。
 そこで立ち上げられたのが――うち。東尋坊事務所、創業昭和三十六年。

タブレットの画面には、古びた事務所の白黒写真。
背後に、崖と日本海。
時代も、場所も、すべてが“現世”の枠から少し外れている気がした。

「今はね、演者は演者。出過ぎず、出なさすぎず、怖がらせすぎず、存在感を残す。
 それが“プロの死者”です」

「……将門も、プロ?」

「もちろん。演者も、オーナーも。**今の将門様は、完全に“監修枠”**ですがね。
 まだ現場に口は出されます。お元気ですし」

蓮は何気なく聞き流しかけて、**「監修枠」**という言葉に引っかかった。

「……え、本人、まだ……?」

「おっと、今日は“話だけ”にしておきましょうか」

梶原はそう言って、また笑った。

タブレットの画面には、誰もいない首塚の写真が、静かに表示されたままだった。


第4章:メリーさんは通信媒体で分業です

「じゃあさ、次に聞いていい?」

梶原のタブレットの画面を覗き込むようにしながら、藤堂蓮は少し迷ってから言った。

メリーさんって……ほんとに“いる”の?
 『今あなたの後ろにいます』の、あれ」

「いますとも。というか――いっぱいいるんですよ」

梶原はさっとタブレットを操作して、画面に“幽霊通信媒体別シフト表”と書かれた表を映し出した。


■通信型アクター分類表(メリー系)

  • 電話型メリー:昭和中期デビュー、声のトーン重視、留守電対応あり

  • メール型メリー:2000年代に増加、夜間限定、誤字演出が高評価

  • LINE型メリー:現代主流、通知速度とスタンプ表現に優れる、若年層に人気


「世代ごとに使うメディアが違うんですよ。電話から始まって、今はLINEが主流ですね」

「スタンプで脅かす幽霊……」

「案外怖いんです。既読つけてからの“……”だけで10秒引っ張るとか。
 演出として完成されてます。

蓮が思わず笑いかけたそのときだった。

「――あれぇ、ちょっとー! なんであーし呼ばれてないの?」

背後から、明るい声が響いた。

二人が振り返ると、そこに立っていたのは――

派手なギャルだった。

金髪、オーバーサイズのパーカーにジャージ、スマホ片手にドリンク持ち。
夜中の崖にまるで違和感なく立っていた。

その人、新人?

「うわっ……!」

蓮は一歩引いた。
それは、ギャルが怖かったからではない。
**“足がなかった”**からだ。

彼女の足元――そこには何もなかった。
地面に立っているはずなのに、影も、重みも、気配もない。

宙に浮いている。

それなのに、スマホをぽちぽちしながら、まるで日常のように近づいてくる。

「……その人さ、まだ――」

アカネ、しっしっ! 今、大事な商談中ですから!

梶原が慌てて彼女を追い払おうとする。
アカネは不満げに舌打ちした。

「えー、LINE返信4件未読のまま来たんだけど〜。
 うち現場ヒマすぎて、通知が鳴るたびに出てるのにさー!

「わかってます! でも今日は違う現場、ね? 今すぐ戻って!」

アカネはため息をつきながら、スマホをいじる。
そのまま、滑るように地面から離れていき――風に溶けるように、消えた。

蓮はしばらくその場に立ち尽くしていた。

「……今のって、」

「**うちのLINEメリーさん担当の“アカネ”**です。見た目は軽いですが、登場タイミングは一流ですよ。
 “既読の0.8秒後に出る”って業界内でも評価高くて」

「でも……さっき、“まだ”って……」

「言いかけてただけです。はい、次の話題行きましょう。

梶原がさっとタブレットを操作し始める。
切り替えの速さに、蓮は言葉を飲み込んだ。

けれど、心の中には引っかかりが残っていた。
“あの子は気づいていた”という確かな違和感が。

それでも、波は打ち寄せ、崖は変わらずそこにあった。


第5章:虫まみれの廃墟現場

「……じゃあさ」

しばらく黙っていた藤堂が、ぽつりと呟くように口を開いた。

廃墟って、やっぱ出るの?

梶原は「あ〜」と声を伸ばし、タブレットを構え直す。

「**出ます出ます。人気現場ですよ。**でも……演者からすると、いちばん過酷かもしれませんねぇ」

スライドが切り替わる。
画面に映ったのは、朽ち果てたビルの一角。
剥がれた壁紙、ガラスの割れた窓、崩れかけた階段。

「ここ、都内の某廃ビル。場所は伏せてますが、週5で出現依頼あります」

動画が再生された。
無人の廊下。
その一番奥、物陰から――“スッ”と、白い影が滑るように横切る。

……タイミング、すご。

「そうでしょう? この一瞬のために、2時間前から隠れてます
 しかも、この子、虫苦手なんですよ」

「虫って……」

「**出るんですよ、夏場とか。**ゴキ、クモ、ムカデ。あとネズミ。
 それを掻き分けながらポジションに入る。
 物音出せない。ライト点けられない。視界ゼロで待機、30分。

タブレットには、待機中のアクターの様子が流れる。
懐中電灯なし、息を潜め、ただ暗闇の中で身を小さくしている。

「これ、幽霊の方がビビってません?」

「**あるあるです。**でもそれを乗り越えた先に、“あの一瞬の出現”があるんですよ。
 あの“スッ”のためだけに、生きて……いや、死んで頑張ってるんです。

「……なんだろ、いま、“仕事って大変だな”って思った」

「幽霊も人手不足なんですよ。しかも、廃墟はすぐ取り壊されるから短期現場
 “ロケ地、消滅”ってこともありますしね。演者が根付く前にビルがなくなるんです」

「それ……儚すぎない?」

「**そう、だから美しいんです。**一期一会の恐怖。それが、廃墟系の魅力」

再生された動画の中、ある瞬間、カメラが振り返るとそこに白い顔が――
「ギャアアアア!」という悲鳴とともに、映像は終了した。

蓮はスマホのような感覚で、タブレットの画面をスライドした。
次の現場映像。さらにその次。
そのどれもが、冷たく静かな空気の中で、“誰かが演じている”ことが、逆に怖かった。

そしてなにより、ふと気づく。

その演技の一つ一つが――生きる努力に見えてきた。


第6章:海外派遣とホテル対応力

崖の上に吹く風が、少しだけ湿り気を帯びてきた。
遠くで鳥の声が一度だけ鳴いたような気がした。

藤堂蓮は、風に髪を押されながら、ふとまた尋ねた。

「……これ、日本だけの話?」

梶原は、ちょっと驚いたように目を見開いた。

ああ、良い質問ですね!
 いえ、実は我々――海外とも提携しております。

タブレットを操作すると、画面に現れたのは**「ステイナイトホテル(StayNight Hotel)」**のロゴと、
アメリカのクラシックな洋館風ホテルの外観写真だった。


■提携案件例:ステイナイトホテル(米・西海岸)

  • 出現頻度:週5勤務/3交代制

  • 担当役職:バスルーム鏡前出現型、廊下の老婆、子供の声再生係 など

  • 応募資格:英語日常会話レベル、異文化対応力、幽体離脱経験者歓迎

  • 配属期間:最短1年(VISA支援あり)


「……海外赴任する幽霊って、なんだよ……」

蓮は思わず口にした。
梶原は大真面目に頷いた。

「向こうの幽霊はね、“おもてなし型”なんですよ。
 怖がらせるというより、“期待されて会いに来る”お客様がほとんど。
 だからスケジュール通りに出て、マナーよく消えるのが基本です」

タブレットに映るのは、
ホテルのバスルームで鏡越しに“ぼんやり立つ幽霊”のリハーサル風景。
アクターが衣装を整え、スタッフとセリフの練習をしている。

「**“I'm behind you…”**とか、言うんですよ。ちゃんと。アクセントも注意される」

「お、おう……」

「うちの新人でね、“カタコトのI'm behind you…”でクレーム入ったことあります。
 “発音が気になるから怖くない”って」

「……それもう英会話教室の苦情じゃん」

「いや、ほんと真剣なんです。出現場所のマーキング、照明の角度、歩く速さ――
 幽霊にもパフォーマンスガイドラインがあるんですよ」

蓮はタブレットの映像を見ながら、ため息をついた。

死んでまでグローバル対応。
出現タイミング、照明、言語スキル――
もはやそれは「生きていた頃より大変な職業」じゃないか。

「でも、それってさ。そこまでして……やる意味、あるのか?」

梶原は、静かにタブレットを閉じた。

誰かに“忘れられない”って、すごく大きいことなんですよ。
 死者にとって、“残る”というのは――存在し続けるってことです。

蓮は黙った。
それは、自分がずっと欠けていたものだった気がした。

“誰にも覚えてもらえないまま消える”
それが怖くて、でも、気づかないふりをしてここまで来てしまった。

タブレットの黒い画面に、空が少しずつ明るく映りはじめていた。


第7章:古戦場の甲冑とクレーム処理

波が打ち寄せる音に、少しだけ潮のにおいが混じる。
崖の上の空気が、ゆっくりと湿りはじめていた。

藤堂蓮は、そっと言った。

「さっきの将門の話、気になっててさ。
 ああいう……古戦場とか首塚とかって、やっぱキツいの?

梶原は「あ〜、そこ行きます?」と嬉しそうに笑い、タブレットを操作した。

戦国・平安期の霊系は“重装備・超演出系”ですからね。正直、今は採用難です。
 でも昔は、それが“主流”だった時代があったんですよ。

タブレットには、血だらけの甲冑を身にまとったアクターのリハ映像。
壊れた兜、泥まみれの衣、目の焦点が合っていないような演技――

「こわ……」

リアルでしょう? これ、岐阜の古戦場イベントでの再演です。
 演者は本気で一日泥まみれ。体温下がるし、装備重いし、
 終演後に**“甲冑内で貧血”**ってのも珍しくないです」

「戦場じゃん……いや、幽霊だけど……いや、どっちだよ……」

梶原は笑った。

「でもね、この“戦場再現”の原型を作ったのが、
 うちの設立前――いわゆる**“伝説期アクター”**たちなんです」

「道真と……崇徳?」

「それです。
 将門様が“首飛ばしパフォーマンス”で衝撃を与えたあの頃、
 菅原道真は“天変地異系アクター”として活動してまして。

タブレットには、雷のCGとともに映し出される雷神衣装の道真公風アクター
肩に雷紋のついた外套、うっすら浮かぶ般若面。

「演出過剰で、平安京の朝廷からクレーム入りました。
 “雷多すぎる”“風の音が不快”って」

「……天候にクレームって、お前……」

「いや、**本当に落ちたんですよ。雷が。**あれはさすがに、事務所通さずやりすぎでしたね」

「それって、もう仕事じゃないじゃん……呪いじゃん……」

「**それが当時の“セルフブランディング”**だったんです。
 道真公にしろ、崇徳院にしろ、死後も存在感を残すには、規格外の行動が必要だったんですよ」

「崇徳は?」

“怨念系ポエマー”です。

「え?」

「自筆の巻物が呪詛になるとか、“血の涙で和歌を詠んだ”とか、
 もう**“演出過剰にも程がある”**って当時の比叡山からも怒られてまして」

「いやそれ、完全に……」

そう、“伝説”なんです。
 けど、そういう無秩序な時代があったからこそ、
 **我々のような演出管理型の事務所が必要とされたわけですね」

タブレットには、崇徳天皇の再現パフォーマンス映像。
経文が散る中、うずくまって詠む役者の姿が映る。
怖さより、どこか――悲しさがあった。

「今は、演者と演出のバランスが大事です。
 怖すぎてもダメ、なめられてもダメ。
 “ちょうどいい存在感”を演じる、それがプロの死者アクターです

藤堂はしばらく黙って、画面を見つめていた。

古戦場に立つ白装束の霊。
その姿が、かつて“死ぬしかなかった人間”だったとは思えないくらい、
生き生きとして見えた。


第8章:走れ、トンネル幽霊

「……じゃあさ」

タブレットを見ながら、藤堂はまた問いかけた。

トンネル系って、本当に出るの?

梶原は待ってましたと言わんばかりに画面をスワイプした。

出ますとも! でもね、廃墟系と似てるようで全然違うんです。
 トンネル系は――**“走力重視”ですからね!」

「……走力?」

「そうです。
 “誰もいないと思ってたはずのトンネル奥から、ものすごいスピードで何かが近づいてくる”――
 あれがトンネル系アクターの勝負所です!」

梶原は、タブレットに映る映像を再生した。
真っ暗なトンネルの中。
遠くから“バタバタバタッ”と足音が響いてくる。

「うわ、速っ……」

画面には、白装束のアクターが全力疾走でカメラに向かって走ってくる様子が映る。
距離、20メートル。到達まで約4秒。

「これ、採用試験で使った映像です。
 この子は元・陸上部の霊で、足の速さだけで採用されました。演技はまだ素人ですが、走れるのでOK

「……怖さって、スピードなの?」

スピードと距離と“予測できなさ”ですね。
 だからトンネル系は、“出るタイミングの正確さ”が命なんです。
 照明の切り替わり、足音の反響、風音……全部計算して出る」

「……マジでお化け業界、プロフェッショナルだな」

「ちなみに、トンネルが長い場合は――リレー方式です。

「リレー!?」

「最初の幽霊がスタート地点で出現して、
 途中のカーブや明かりの切れ目ごとに別のアクターが待機して、
 “受け継ぐように”走るんですよ。

蓮は吹き出しそうになった。

「バトンでも渡すの?」

「いや、バトンは無しですけどね。
 でも一度、現場の連携ミスで同じ幽霊が3回出てきたってクレーム入って、
 “お前ワープしてんのか”って言われたことありました」

「それは……確かにダメだわ」

「でしょう? だから統一感と演出設計が大事なんですよ。
 ちゃんと“別の人に見えるようにする”ための衣装アレンジとかもありますし」

梶原は、スライドを次々に切り替える。

  • うっすら顔の違うアクター3人による「リレー出現」演出

  • ライトの明滅に合わせた“ふらつきながら走る霊”の動画

  • 出現後に静止する“高速幽霊”のラストポーズ集

どれも、ただ怖がらせるためではなく、
「記憶に残る存在になる」ための計算と努力が詰まっていた。

「ちなみに、このジャンルは“勢い系”だから、若手が多いですね。
 燃え尽きやすいけど、一瞬のインパクトは最高です」

「……ちょっと待って。死んでから“燃え尽きる”って、なんだよ」

あるんですよ。意欲の問題が。
 死んだからって、何もかもどうでもよくなるわけじゃない。
 “どう死んだか”より、“どう生き直すか”の方が大事なんです」

梶原のその一言に、藤堂は黙った。

トンネルの奥から全速力で駆けてくる幽霊。
それがもし、自分だったら――?

少しだけ、胸の奥が苦しくなった。


第9章:座敷童と希望の演技

崖の上に立つ風が、先ほどよりもあたたかく感じられた。
空の端がわずかに白みはじめ、波の音も少しずつ柔らかさを帯びる。

藤堂蓮は、ゆっくりと問いかけた。

「……怖くない幽霊って、いないの?」

梶原は「おっ」と目を細め、タブレットを開いた。

「いますとも。“座敷童(ざしきわらし)”枠ですね。
 あれはむしろ、“好かれる演出”なんですよ」

画面には、旅館の和室にひっそりと座る小さな影――
それを笑顔で見つめる宿泊客の写真が映っていた。

「……怖くない?」

基本的に福霊枠ですからね。
 姿を見たら幸運が訪れるとか、商売繁盛するとか……
 “この子に出てほしくて予約する”って旅館もあるんです」

「マジで……役に立ってる幽霊?」

「ええ。むしろ**“おもてなし演技”の最高峰**ですよ。
 存在感を出しすぎず、でも確実に視界に残す。
 “気づいた時にはそこにいた”という、温度のある驚きを与えられる人だけが、なれる」

「じゃあ……誰でもなれるわけじゃないんだ」

なりたい人は多いですが、合格者は少ないです。
 “恨み”や“憎しみ”より、願いや優しさを残して死んだ人だけが、
 座敷童としての演技に合格する可能性があります」

タブレットをスワイプすると、
小柄な女性アクターが畳に正座して演技指導を受けている映像が映る。

「この子は、亡くなる直前まで子供病棟でボランティアをしていた人でした。
 亡くなった後、自ら希望して座敷童志望。演技研修半年、現場配属。今は岩手の某老舗旅館で常勤です」

画面の中、廊下の先にほんの一瞬だけ影が動く。
そして、宿泊者の感嘆と笑い声がかすかに響く。

「……ちょっと泣きそうなんだけど」

藤堂は、思わずつぶやいた。
幽霊なのに。死んでいるのに。
こんなにも、**人に喜ばれている“存在”**があるなんて。

「怖がらせることだけが、死者アクターの仕事じゃありません。
 “誰かの記憶に、あたたかく残る”――それもまた、幽霊の生き方なんですよ」

梶原は優しく言った。

「だからね、藤堂さん。
 死んだからといって、恨みや呪いだけに縛られなくていいんです。
 どういう“在り方”を選ぶかは、自分で決められる」

藤堂は、しばらくタブレットを見つめていた。
そこに映っているのは、恐怖でも不気味さでもなく――
“ぬくもり”だった。


第10章:オーナーと演者の境界線

「――ん?」

梶原が急にタブレットから顔を上げた。

「来られましたね。今日もお早い……」

誰かの足音が、波音とは異なるリズムで近づいてくる。

そして現れたのは――一人の老紳士だった。

黒い直垂(ひたたれ)に身を包み、銀髪の髷(まげ)、
腰には小ぶりの太刀、背筋は伸びているが、わずかに片膝をかばうような歩き方。

それでも、ただ立っているだけで、空気が変わる。

「……将門、様……?」

藤堂が思わず呟くと、梶原は即座に軽く頭を下げた。

平将門様、今日はどのようなご用件で?

「うむ、近ごろ――わしの首塚の“演出”が薄くなってきたようでな。
 なにぶん、演者も年を取り申した」

「担当の方、現場歴も長く、いまでも毎日努力されておりますが……」

「それは分かっておる。されど――
 “次”を誰にするか、考えておかねばならぬ
 あれは“祟り”ではなく、“役目”なのじゃ」

藤堂は、二人の会話に圧倒されながらも、聞き返した。

「……演者がいて、その上に、“オーナー”がいるんですか?」

将門は、藤堂にゆっくりと視線を向けた。
目は優しかったが、どこか底の見えない深さがあった。

“その土地”に、死してなお結びついた魂は、簡単には動かせぬ。
 演者は替えが利くが――“存在”そのものは残り続ける
 わしはその、“主”のひとりにすぎぬ」

「つまり……現場の演出は“代理役者”がやってて、
 本物はその奥に、ずっと残ってる?」

「そういうことです」

梶原が補足した。

「“オーナー”というのは、いわば**“霊場そのものの人格”**。
 演者は演出のために働くけど、オーナーがいる場所では、最終的な方向性を握っているんです」

「たとえば?」

「たとえば、“もっと怖く出ろ”とか、“怒りを足せ”とか、
 現場に口出すんですよ。将門様も、“出る角度が違う”って夜中に連絡してきたことありますし」

「む……確かにあの角度は納得いかぬ」

将門が小さくうなずく。

「……やばい、なんか俺、ほんとに会社説明会に来た人みたいになってる

思わず藤堂がつぶやくと、将門はふっと笑った。

お主、まだ生きておるのか?

「え?」

「……あ」

一瞬、空気が止まった。

藤堂も、梶原も、言葉を失う。

だが、将門はそれ以上なにも言わず、静かに歩き出した。

まあよい。決めるのは、お主じゃ
 死後、どう生きるか――いや、生きているうちにこそ、何を選ぶかじゃな」

そして彼は、そのまま崖の先――
普通なら足を滑らせるような岩場へ、迷いもなく進んでいく。

だが、その足取りはまるで空を歩くかのように、静かで、確かだった。

「……すごい人だね」

“人”ではありません。
 けれど、**“生きていた人”だったということは、忘れてはいけませんよ」

梶原のその声には、どこか敬意と憧れが混ざっていた。

そして藤堂は、ようやく気づいた。

自分が今、何を“覗き込んでいる”のかを。


最終章:夜が白み始めましたね。そろそろ決断できましたか?

風が変わった。
どこか遠くで、海鳥が鳴いた。

空の端――東の空が、わずかに白んできた。
それは、夜の終わり。朝の始まり。

誰もいない崖の上で、藤堂蓮は、静かに立っていた。
隣には梶原。タブレットを閉じ、目を細めて空を見上げている。

夜が白み始めましたね。

「……ええ」

そろそろ、決断できましたか?

その言葉は、長く続いた奇妙な“就職説明会”の締めくくりのようだった。

藤堂は答えず、そっと――胸に手を当てた。

風の音、波の音。
そして――トクン。

小さく、でも確かに。
心臓が、動いていた。

「……ちょっと、聞いていいですか」

「なんでしょう?」

死んでても、心臓って……鼓動するんですか?

「変なこと聞きますね。
 死んでたら心臓は……え? あ、まさか……」

梶原の顔が固まった。

「……これは、大変失礼を」

「確認ミス?」

「**完全な確認ミスです。**申し訳ありません」

「スカウトしに来たんですよね?」

「**死にたてを。**ええ。でも、あなたは……まだ死んでません。

そう言うと、梶原は慌てたように鞄をゴソゴソと探り始めた。

「……何してるんです?」

ですので、今までのこと、全部忘れてください。

「え? そんなの無理ですよ」

じゃあ、実力行使で

――ゴトッ。

梶原が鞄から取り出したのは、異様に大きなゴムハンマーだった。

「ちょ、ちょっと待って、それじゃ俺死んじゃう!!」

藤堂が飛びのく。

忘れます! 忘れますって!!

「……信用していいですね?」

にじり寄る梶原。
ハンマーを静かに構えたまま、じり、じり、と迫ってくる。

信用してください! 絶対忘れますから! 今すぐ! 完全に!

数秒の静寂。

……ふっと、梶原が笑った。
肩の力を抜き、ハンマーを脇に戻す。

その笑顔につられるように、藤堂も――
ゆっくりと、笑った。

「……じゃあ、帰ります。俺」

「**ぜひ。**帰れるうちに帰ってください。
 我が事務所、確認ミスはもう懲り懲りですので」

「……でも、なんかちょっと楽しかったです。変な言い方だけど」

我々の仕事は、“ちょっと楽しかった”の積み重ねで命をつなぐものですから。
そして、藤堂が崖のふちから、一歩、また一歩と後ろへ下がる。

やがて、草の生い茂る土の上に両足を戻し――
まるで舞台の袖に消える役者のように、静かに視界から去っていく。

その背を見送ることなく、梶原はふと――振り返った。あなたに向かって

崖の先。海の下。
風が吹き抜ける、その向こうに。

梶原は、穏やかに、にこりと笑んだ。

……そちらの“あなた”は――スカウト対象でしょうか?
 もう一度、ご説明いたしましょうか?

海風が吹いた。
朝の光が、ゆっくりと東尋坊を照らしはじめていた。

梶原の微笑みは、どこまでも丁寧で――
どこか、冗談にしては“本気すぎる”笑みだった。


(完)


エピローグ:東尋坊アクター控室にて

東尋坊――
崖のすぐ近くにある、とある小さな建物の裏口。
その地下に、小さな「控室」がある。

古びた木の扉が開き、中から照明の灯る質素な部屋が覗く。

中では、ひとりの大柄な男が、鏡の前で首の後ろを拭っていた

鏡には、将門公――威厳に満ちた霊将――の面影が、化粧の下から崩れてゆく。

梶原さん、お疲れ様です。

顔を半分メイクオフしながら、男は笑った。
その声には、戦国武者の重厚さではなく、関西弁交じりの温かさがあった。

お疲れさまでした。

応えたのは、皺しわのグレーのスーツを着た初老の男
さっきまで、あの崖の上で“生死の狭間”に立っていた若者を相手にしていた“梶原”である。

スーツの襟を直しながら、ふぅ、とため息をついた。

「なかなかの演出でしたな、今日は」

「ええ、現場の空気もよかったですね」

と、そこへ控室の奥から現れたのは――ギャルメイクを落とし、制服姿になった少女
その目はくっきりと大きく、口調は明るいが、どこか演技を終えた“舞台役者”のように静かだった。

今日の“あの人”、ギリギリだったね。でも、ちゃんと帰った。
 ……ああいうのが、やりがいありますよ」

「ええ。“足がない”演出、うまくなりましたね

あれ、大変なんですよ?
 歩幅合わせて、地面の形利用して、しかも風向き計算して。
 死角から入る練習、3週間かかりましたから」

梶原は思わず笑ってしまう。

「ほんと、アクターも楽じゃないですねぇ……」

「ええ、生きてる人を、そっと“思いとどまらせる”って、めちゃくちゃ繊細な仕事ですよ」

鏡の中では、メイクを落としきった“将門公”の男が、
ただのごつい俳優に戻って、タオルで額を拭いていた。

その姿は、まるで舞台を終えた劇団員のようだった。

「……そろそろ、この東尋坊も、“不名誉な名所”からおさらばしたいですね

ふっと、誰かが言った。

まったくです

まったくだわ

控室にいる全員が、うなずいた。

静かに灯るランプ。
メイク道具とタブレットが並ぶテーブル。
壁に貼られた「今月の出現スケジュール」。

すべてが、今日もまた誰かの命を“舞台に戻した”証だった。

外では、朝の光が、崖の上を照らし始めていた。



あとがき


夏=幽霊=自殺=東尋坊ってことで。東尋坊、行ったことないので今度行ってみたいです。

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