孤独な男こそ男同士でケアすべきって話
野郎共、互いの傷に塩を塗る前に、まずは絆創膏の貼り合いっこでもしてみないか?
つーワケで、最近「孤独」という単語のゲシュタルト崩壊が止まらない三野瀬です。
いやはや、なんだか世の中、妙な風が吹いてますよね。
特に俺みたいな、どっか人生のレールから片足踏み外して、ゲーセンの隅っこでタムロしてる野郎共にとっては、なかなかに世知辛い世の中ですよ。
で、今日の議題はアレです。
「孤独な男は、同じ孤独な男とケアし合うべきなんじゃないか」っていう、一見すると「お前、そっちの道に目覚めたのか?」と勘違いされそうな、でも実は至って真面目な話です。
あ、言っときますけど、性的な意味じゃないですからね。
そこんとこ、全画面表示の警告文並みに強調しておきます。
よく見てくださいよ。女の子たちは凄い。
彼女たちは、自分が辛い時とか、寂しい時、ちゃんと「あー、もう私ダメかもー」なんて言いながら、友達同士で集まって、ケーキだのパフェだのを突っつきながら、延々と愚痴を垂れ流して、最終的には「だよねー!頑張ろう!」って、綺麗に自己完結というか、相互ケアを完遂させてるワケです。
あの結束力、もはや一種の宗教か、あるいは特殊部隊のそれですよ。
それに比べて、俺ら野郎共はどうだ。
「孤独だ……」とか言いながら、隣に同じように孤独そうな野郎がいても、何故か全力で無視。
それどころか、「あんな奴と一緒にされたくないね」みたいな、謎のプライドという防護壁を築いて、勝手に孤立を深めてる。
最近じゃ「ホモソーシャルは嫌いだ」なんて理屈を並べて、男同士の連帯そのものを忌み嫌う手合いもいる始末。
いやいや、ちょっと待て。
ホモソーシャルがどうとか言う前に、お前、さっきから独り言しか言ってねぇじゃねぇか。
俺は思うんです。
俺たち男は、もっと素直に「寂しい」って言っていいし、それを隣の野郎が「おう、俺もだ」って受け止める。
そんなユルい、でも切実なケアの形があってもいいんじゃないかって。
大体、男同士で集まると、どうしても「どっちが強いか」とか「どっちが詳しいか」みたいな、不毛なマウンティング合戦が始まりがちですよね。
格ゲーで言えば、対戦台を挟んで火花を散らしてる状態。
でもさ、たまにはコンパネから手を離して、椅子を並べて、ただぼーっと画面を眺めながら、「最近、なんか疲れちゃったわー」なんて零してもいいと思うんですよ。
俺の周りにも、結構いるんです。
「俺、もう一生独りなんだろうな」なんて、居酒屋の片隅でグラスを見つめてる奴が。
そういう時、俺は「うるせぇ、飲め。来週も話そうぜ」とか、そんな雑な言葉しかかけられないんですけど、それだって立派なケアだと思うんです。
わざわざ「君の心の傷を癒やしてあげよう」なんて、ドラマみたいなセリフを吐く必要は無い。
ただ、そこに居て、同じ空気を吸って、同じようなダメさを共有する。
それだけで、救われる夜ってのがある。
孤独な男性っていうのは、得てして自分の弱さを見せるのが下手くそです。
俺だってそうです。
ココじゃ偉そうなこと書いてるけど、実際は仕事でやらかして「あぁ、もう俺の人生オワタ」なんて、ベッドの上で一人でのたうち回ったりしてるワケで。
でも、そんな格好悪い姿を見せられる相手が同性の友人だったりすると、意外と「なんだ、お前もか」って笑い話に昇華できたりする。
これこそが、今求められてる野郎同士のケアなんじゃないでしょうか。
女性同士のケアが共感の文化だとしたら、俺たち男がやるべきなのは共生の文化。
「お前はダメだ、俺もダメだ。じゃあ、二人でダメなまま適当に生きていこうぜ」っていう、開き直りにも似た連帯。
これ、最強だと思いません?
誰にも期待されない、誰にも評価されない、ただの「孤独な野郎A」と「孤独な野郎B」が、お互いの存在を黙認し合う。
そこに理屈はいらないし、高尚な思想も必要ない。
「ホモソーシャルがー」とか抜かしてる連中に言いたい。
お前らが否定してるのは、ただの男同士の慣れ合いかもしれない。
でも、その慣れ合いの裏側にある、切実な生への渇望や寂しさの埋め合わせまで否定しちまったら、俺たちはどこへ行けばいいんだ?
最後に笑えるのは、今を一緒に生きてる誰かがいるからじゃないのか。
俺は、スポーツマンシップみたいな爽やかな連帯は苦手です。
泥臭くて、後ろ向きで、ダラダラしてて、でもどこか必死な、そんな孤独な野郎共の傷の舐め合いを支持したい。
お互いに「お前、マジで救いようのないヤツだな」なんて毒を吐きながらも、その実、相手がそこに居てくれることに安堵してる。
そんな歪なケアこそが、俺たちにはお似合いなんですよ。
いいですか、世の孤独な諸君。
もし、隣に君と同じように「あぁ、帰りてぇ(どこへ?)」みたいな顔をしてる野郎がいたら。
そいつは敵じゃない。鏡に映った君自身かもしれない。
別にハグしろとは言わない。
ただ、そいつが落とした100円玉を拾ってやるくらいの、その程度のケアから始めてみたらどうでしょう。
俺たちの世界は、放っておけばどんどん冷たくなっていく。
だからこそ、せめて俺ら野郎共だけでも、互いの体温を頼りに、このクソ寒い現実を乗り切っていこうじゃないか。
というわけで、今日の結論。
男同士のケア、それは「お前もクズか、俺もクズだ。じゃあ、一緒にゲーセンか釣りに行こうぜ」という魂の叫びである。
よし、なんか良いこと言った気がする。
とりあえず、俺は明日も誰かのミスを笑いに、いつもの釣り場へ出没する予定です。
孤独に負けるな、野郎共。
生きていれば、いつか笑える日が来る。
かもしれない。
まぁ、来なかったら来なかったで、その時はまた一緒に愚痴でもこぼそうぜ。
「孤独の連鎖を、ポテチの油で断ち切れ」
