エッセイ 辛いときには青空を眺めてみましょう
自分がもしも誰かから、あなたが好きなものは何ですか、と聞かれたら、青空、と答えるかもしれません。
実際、本当に好きです。
やはり、晴れているときには特に外に出て行きたいと思うものです。
そして、青空が果てしなく上空で広がっている光景そのものが、何だか有り難いものに思えてきます。
そしてずっと、青空を眺めています。
そういうときに自分の感性が働いたら、それを詩にすることがあります。
今までnoteで文章を投稿してきて、度々青空についての詩を投稿してきました。
どうやら青空というものは、自分の表現において重要なものであり、だからこそ、自分が好きなものの一つといっても良いのでしょう。
だからこそ、あなたが生きていて、辛いな、と思ったら、是非外に出て、青空を眺めて欲しいのです。
あるいは、家のバルコニーから青空が隈なく見渡せるのであれば、そこから眺めても構わないでしょう。
とにかく、青空の澄んだ青い色を、目にして欲しいのです。
なぜ自分がこのようなアドバイスをするのかといえば、何だか、普段生きていて、良いことなど何もないように思えるからです。
これは自分に限ったことではなく、電子機器を普段使っている人全員に当てはまることなのではないかと思っています。
あなたが普段どのような生活を送っているのかは分かりませんが、現代人の平均メディア使用時間が450分であることを鑑みれば、ほとんどの人がある程度の時間、スマホやパソコンなどのネットに接続する電子機器に触れていることは、確実だろうと思います。
となれば、やはり自然と嫌なニュースが入り込んでくるのではないでしょうか?
さらに悪いことに、そういうものがSNSを使っている際に飛び込んだ際、ほんの少しでも目を留めたら、システムの背後で働いているアルゴリズムが、この人は悪い意味でこのニュースに興味があるのだと解釈し、そのニュースに類する悪い情報をあなたの画面に向かって大量に流し始めます。
これによって、人々の心はますます疲弊していくものと想像されます。
だからこそ、スマホやパソコンを使用し続ける限り、辛さがますます深刻なものになっていくものと想像されます。
そうなってしまったら、電子機器を完全に手放した上で、思い切って青空を眺めてみるのが良いと思います。
曇りの日や雨の日であれば難しいでしょうが、晴れの日だったら空のどこかに青空の青があるはずです。
それを眺めていると、だんだんと平和な気分になってくるのではないでしょうか。
この、麗しい色によって、辛い思いも洗われるのかもしれません。
詩を表現する度に思うのですが、青空の澄んだ青の色は、平和の象徴のように思えます。
平和であることを大切にするということは、青空を尊重することと同じことのように思えます。
だからこそ、青空を眺めたら、少しは平和な気分になれるのではないでしょうか。
辛いと思ったら、思い切って青空を眺めてみるというのは、不幸に対する解毒剤になってくれると思います。
