エッセイ そこに電子機器があるだけでうまく書けない
最近久しぶりに、ある事情があって、スマホをポケットに入れて街に出ました。
そして喫茶店に入って、椅子に座って早速文章を書く作業を始めようかと思ったのですが、途端に、集中できない自分に気づいてしまいました。
そしてふと、そこにスマホがあるのを発見しました。
それから、書くという作業を完全に放置してしまいました。
スマホが気になって仕方がなかったのです。
こういったことが最近あったのですが、あなたにとってはかなり違和感のあることなのでしょうか?
というのも、この時代において、ネットに接続する電子機器を携帯せずに生きていくことなどを考えられないように思えるからです。
自分は自分なりの工夫をして、今、ネットに接続する電子機器を全く使わない生活を送っていますが、おそらく普通の人であれば、そんなことは考えられないでしょう。
だからそもそも、このような出来事が発生すること自体に違和感を持つ人が多いでしょう。
しかし文章を書く自分にとって、やはりこの出来事は非常に深刻なことだったのです。
そこにネットに接続する可能性があるだけで、全く知的な作業に集中することができませんでした。
そんな自分に気づかされるのは、今日が初めてではありませんでした。
デジタルデトックスを本格的に開始する数年前の自分は、ほぼ毎日このようなことに気づき、そして落胆していました。
徹底的に文章を書くことに集中するにはそもそも、そこにネットに接続できる電子機器があることそのものに問題があるのではないかと、昔から薄々思っていたのです。
これはおそらく、読書に集中しようと思っている人にも当てはまることでしょう。
自分の場合、手元にスマホがあるだけで、全く読書に集中することができません。
このような現状は、あなたにも当てはまるのかもしれません。
特に今の若者はどうやら、スマホのせいで読書ができないと思っているようです。
そして、読むことに集中できないのであれば、もちろん、書くことにおいても同様のことが生じるわけです。
読むことにしても書くことにしても、それ自体難しいことであり、かなりのエネルギーを消耗するものです。
そのような高度なことを実現するには、どうやらスマホやパソコンがものすごく邪魔なものになってしまうようです。
ただそこに電子機器が置いてあるだけで、全く作業に集中することができなくなってしまうのです。
そんなことを考えながら、今から数年前、ポメラという執筆機械を購入したことを思い出しました。
この機械はワープロしか使うことのできない機械です。
もちろんネットに接続することは出来ません。
にもかかわらず、非常に高額です。
Amazonで調べたら、その値段が出てくるでしょう。
もしもその値段を見たとき、あなただったら、書くことしかできないのに、あまりにも製品が高すぎるのではないかと、思うかもしれません。
しかし、基本的に書くことしかできないという、機械そのもののシンプルな本質こそが、その金額の裏付けになっているように思えました。
ネットに接続することができないという事情が、知的な作業をする人間にとっていかに重要であるかを、読書をしたり執筆をしたりするたびに痛感するものです。
だから自分はこれからもネットに接続できる電子機器を使わない生活を送らなければなりません。
オフラインの環境というのはどうやら、これから先ますます文章を書く人間として成長していかなければならない人間にとっては、一種の命綱のようなものなのかもしれません。
