虎になった男の咆吼
協調性がなく、自尊心が強く、
卑しい仕事はできないと
人との交際を断って、
詩歌に耽る暮らしをした男。
自分の名を残そうとしたが、
名は上がらず貧しくなるばかり。
顔は変貌し骨が浮き出て
眼光だけがギラギラとする。
焦燥に駆られた男は
妻子を養うために再び働くが、
愚鈍な上役の言うことに従えば、
自尊心が傷つくばかり。
男は遂に発狂し遁走、
行方知らずとなった。
男は虎に変貌していた。
ある日、虎は旧友に出会った。
虎は草むらに姿を隠し、
悲惨な身の上を友に語る。
覚えている詩を伝録して欲しい。
妻子には死んだと伝えて欲しい。
僅かな時は人として戻るも、
やがては消え虎だけになる。
友は虎の頼みを聞き、
部下に虎の詩を書き取らせた。
虎はいまになって反省する。
己の傲慢さと尊大さ故に
世の中と俉することができず、
平凡さを憎んだことを。
高名な詩人になろうとしながら、
仲間とともに切磋琢磨せず、
師にもつかなかった。
臆病であったからだと。
虎は友に話し終えると、
山の頂から虎となった
自分を見て欲しいと願う。
谷に向かって吼えるからと。
そして二度とここを
通らないでくれと乞う。
果たして虎は吠えた。
白い月を仰ぎながら。
悲哀に満ちた咆吼。
二度、三度と吼えた。
虎となった李徴の慟哭。
中島敦の『山月記』。
