論駁されるほど疑いたくなる
俺はもともと、ナチスに興味があったわけではない。ネットでたまに見る「実はナチスは良いこともした」という逆張りにも、特に乗りたいと思ったことはない。ホロコーストや侵略戦争、人種主義について、今の常識で見るなら普通に悪いものだと思っていた。
ナチスの個別政策について詳しかったわけではない。むしろ逆だ。アウトバーン、労働者政策、家族政策。そういったものがどこまで事実で、どう評価すべきか考えたことはなかった。つまり以前の俺は、「ナチスは良いこともしたのか」という問いに対して意見を持っていなかったわけだ。
ナチスは「良いこと」もしたのか?
『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』は、ネットで語られがちなナチスの「功績」論を検証する本である。アウトバーン、労働者政策、家族支援。そうした「ナチスも良いことをした」と言われるときに出てきがちな話について、事実関係や歴史的文脈を確認していく。
本書はそもそもの問いを頭ごなしに否定しているわけではない。それ自体としては考えるに値するものとして扱っている。
しかし、読み進めるうちに、俺の中ではなぜか疑念が膨らんだ。
「本当にそこまで全部否定しないといけないのか」と。もともとナチスを擁護したい気持ちなどなかったのに、である。
ここで大事なのは、俺が「ナチスは良いこともしたのだ」と主張したいのではないことだ。むしろ逆で、俺は自分自身の反応の方に引っかかった。なぜ、俺はこんな疑念を抱いているのか。しかもナチスを否定する本を読んでだことで。
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