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【エッセイ】50代の働き方。自分の中を探しても、答えは出なかった

50代になると、「働く目的」が少し変わってきませんか。
会社員のころは「生活のため」に働いていました。でも会社を辞めて、その前提が外れたとき、私は途方に暮れました。
自分の中を探しても、答えは出てきません。
働き方を選び直そうとしてモヤモヤしている方へ。答えがどこからやってきたかを書きました。

1. 答えではなく、前提だった

会社員をしていた40代のころ、「何のために働いていますか」と聞かれたら、たぶんこう答えていました。
「生活のためですね」
でもそれは「答え」というより「前提」です。働かなければ生活できない。だから働く。

「夢がないなぁ」とは、思っていました。
若い頃のような、「何にでもなれる」という無邪気さもありません。
考えても仕方のないことは、考えなくなるものです。
私の中から「何のために働くのか」という疑問は消えていきました。

2. 前提が外れた日

50代で会社を退職し、その前提が外れました。
もちろん、ある程度の収入は必要です。
ただ「生活のため」の割合が下がり、「毎朝、職場へ行かなければならない」という強制力もなくなりました。

空いた分、余裕と余白ができるはずでした。
ところが、その余白に何を入れればいいのかが分かりません。自分で決められるようになったのに、決め方が分からない。

自由になった、と言えば聞こえはいいのですが、実際に来たのは、こんな戸惑いでした。
――で、私は何のために働くんだっけ。
長い間、考えることを休んでいた問題なので、答えが出ません。

しばらくは、いろいろ試しました。資格試験の勉強に取り組んだり、セミナーに参加したり。
やってみては違うなと思い、また別のことをやってみる。
はたから見れば、がんばっているように見えたようです。
でも、本人としては、かなりの迷走でした。

3. 答えは、人の言葉でやってきた

答えが見えてきたのは、思わぬところからでした。

働き方の相談を受けた方から、こう言われました。
「モヤモヤしていたことが、言葉になりました」
書いた記事に、こんな感想をいただきました。
「自分のことが書いてあるようでした」

そのとき、じんわり思ったのです。
ああ、私でも役に立つことがあるんだな。これなら、続けていけそうだな、と。

本づくりで積み上げてきた「言葉にする力」は、社内では当たり前でした。
でも外に出してみると、誰かの役に立つことがある。

「稼ぐため」の次に来たのは、「これがあるから働ける」という感覚でした。
答えは、自分の中だけを掘っても出てきませんでした。
やってみて、人の反応をもらって、あとから分かった。そういう順番でした。

4. 自分の中を探しても、たぶん出てこない

働く理由が分からなくなったとき、多くの人は、まず自分の中を探すのだと思います。
私もそうでした。何がしたいのか、何が向いているのか。でも、出てきませんでした。

今にして思えば、当たり前だったのかもしれません。
働く理由は、自分の中だけで完結するものではなく、人との関わりの中で見えてくるものだからです。

答えを決めてから動くのではなく、動いてみて、あとから答えが分かる。
順番が逆でも、たどり着ければいいのだと思います。

今も、相談を受けるたびに自分の考えが育っていきます。
考えても仕方がないと思っていたことを、また考えるようになりました。
50代で働き方を選び直すというのは、そういうことなのかもしれません。

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