怒りの連鎖|やよい軒で見たサラリーマン
極力、怒らないように。
人様に迷惑をかけないように。
穏やかな人間でありたい。
そう心に決めて、日常生活を送っている。
公共のトイレで、明らかに人が入っていると分かっている時。
無理にドアをガンガンしたりはしない。
(逆に、明らかに鍵が閉まっているのにガンガンする人って何なんですか?
何のために、外から鍵が閉まっていることが分かる仕組みになっているんですか?)
信号が青に変わったのに、前の車が発進しない時。
私は5秒待つ。
さすがに後ろにも迷惑がかかる、という時以外は基本クラクションは鳴らさない。
(逆に、1秒でも進まないとすぐ鳴らしてくる人、あれは何なんですか?)
なぜ私が、このようなことを意識しているのか。
それは——
優しさも、怒りも、巡り巡って自分に還ってくると信じているからだ。
怒りは、怒りを生み。
思いやりからは、さらに温かい思いやりが生まれる。
先日、やよい軒でチキン南蛮定食を食べていた。
隣のテーブルには、からあげ定食を食べているサラリーマン。
食事中、ずっと謝っていた。
謝罪しながら、よくそんなに器用に咀嚼できるなと感心するほど、
ずっと謝罪しながら、合間を見ては咀嚼していた。
ゆっくりご飯を食べる時間もないほど、
大変なお仕事をされているんだな、と同情していた。
サラリーマンは謝罪を終え、食事も終えたあと、
ベルで店員さんを呼んだ。
駆けつけた店員さんにこう言った。
「私は今、食事を終えましたが、このグラスが小傷だらけで一口も飲んでいません。
気分が悪いです」
怒りの連鎖である。
店員さんが深々と謝罪する中、
サラリーマンは颯爽と帰っていった。
サラリーマンの怒りも理解できる。
謝罪の電話さえなければ、
途中で呼び出して交換してもらうこともできた。
自分で新しいコップを取りに行くこともできた。
でも、それが出来ない状況だった。
店員さんは、
「なぜ食事を終える前に言ってくださらなかったのだろう」
と思ったかもしれない。
俯瞰して状況を見ていた私は、
間に入って解説したくなるほど事情を理解していた。
小傷のたくさんついたコップを出してしまった店側には、
もちろん改善の余地がある。
でも、サラリーマンの方も、
自身の都合で必要以上に怒ってしまってはいなかっただろうか。
普段、「こういう人間でありたい」と願う時こそ、
まず考えたいことがある。
それは——
【最悪の状況でも、それを行うことができるか】
そこまで想像してみることから、
始めたいと思った。
そんな教訓を、いただいた。
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