見出し画像

朝鮮学校は何を守っているのか、在日を苦しめているのは日本人ではなく、朝鮮総連の“過去の亡霊”だ・豊璋の過去記事シリーズ


在日が考える――北朝鮮ミサイルの件を朝鮮学校の学生に訴えても

韓国メディア『朝鮮日報』は12月19日の報道で、北朝鮮が挑発的なミサイル発射を繰り返していた時期に、ソウルの都心で北朝鮮を宣伝するコンサートが開かれていたと伝えた。
報道によれば、韓国の対北支援団体「我が民族助け合い運動」が、極超音速ミサイルの発射が頻発していた時期に〈花売る乙女〉など北朝鮮体制を讃える歌曲のコンサートを開催していたという。

同団体は、西海(黄海)での公務員殺害事件の際にも「楽しく平壌を探求し、旅行するときのときめきを感じよう」と題した〈平壌旅行学校〉という事業を展開していた。
一方、日本でも北朝鮮のミサイルが日本列島を越え、Jアラートが鳴り響いたのは記憶に新しい。その影響もあって、日本に住む在日への風当たりは確実に強まっている。

だが、ここで強調したいのは、日本に住む大多数の在日朝鮮人・韓国人は、北朝鮮を称えるような活動など一切していないということだ。
ただし、朝鮮学校の無償化を訴える朝鮮総連系の活動家は、年中休みなく動いている。その点については、我々在日も、日本人も、意見を述べる権利と責任があるだろう。


在日として、ミサイルをどう感じているか

最近の北朝鮮は、国民が飢えているにもかかわらず、あまりにもミサイルを撃ちすぎだ。
ミサイルが発射されるたびに日本人から「どう感じているの?」と聞かれるが、正直、私自身は「関係のないこと」と受け止めるしかない。
朝鮮総連に属していたとしても、日本から個人がどうにかできる問題ではない。ましてや「日本政府が情けない」などと、参政権のない我々が語る立場にもない。

北朝鮮が本気で日本を攻撃するとも到底思えない。
確かに北朝鮮の背後には中国やロシアといった大国があるが、いまのロシアはウクライナ戦争で手一杯だ。中国もその状況を見て、北朝鮮に肩入れし全世界を敵に回すような真似をするとは考えにくい。
韓国でも日本でもメディアは大騒ぎするが、一般人の反応は「またか」という程度だ。政府も「遺憾」と述べるだけで、深刻な危機感を見せない。

読者から「北朝鮮ミサイルをどう思うのか」と質問を受けることがあるが、私の答えは一つ――**「政府の責任」**だ。
我々には参政権がない。だからこそ、この問題は日本人の政治判断に委ねるしかないのだ。



朝鮮学校と「説明責任」

政治に関与できない我々に何の責任があるのか。
ただし、朝鮮総連やその関連団体に対しては、私も言いたいことがある。こうした問題が起きるたび、何もしていない我々が差別を受けるからだ。
北朝鮮を擁護し続けるならば、その説明責任は当然ある。

街頭で声を張り上げる在日活動家を見ると、正直「うるさいよ」と言いたくなる。
朝鮮学校の無償化を叫ぶ総連関係者も、叫べば叫ぶほど子どもたちへの風当たりが強まっていくことに気づくべきだ。
要求をする前に、まずは**「なぜ無償化されないのか」**という根本的な疑問に自ら答えなければならない。

行政も裁判所も、「支援金が朝鮮総連を通じ北朝鮮へ流れる懸念がある」と明言している。
ならば、その疑惑を否定できる根拠を示すべきだ。
東京の朝鮮学校の教員と話した際、彼女は「学校と朝鮮総連のつながりは確かにある」と断言していた。
学生たちも「関係はある」と認めつつ、教室にはいまだ金一族の肖像画が掲げられているという。

また、朝鮮学校に日本人支援者が訪れる際には、都合の悪いポスターなどを外すという。
そんな姑息なことを子どもたちにさせておきながら、「子どもの権利を守れ」「差別をやめろ」と叫ぶ姿には、怒りすら覚える。
そして、そうした“演出”に騙されて朝鮮学校を擁護する日本人にも呆れるほかない。


「洗脳」ではなく「環境の問題」

よく日本人から「朝鮮学校に通うと洗脳されるのでは?」と聞かれる。
だが、現役の学生たちは「洗脳はされていない。ただ、たまたま学校が朝鮮学校だっただけ」と話す。
最近の教員の中には「日本で暮らす以上、自分の道は自分で決めなさい」と諭す人もいる。
我々の時代は「詰め込み教育」で洗脳しやすい環境にあったが、いまは違う。
多くの学生は親に言われて通っているだけで、学校の意味を深く考える間もなく進学している。

現代の在日は、日本社会を見て育ち、盲目的に北朝鮮を信じるような若者ではない。
それでも、たまにそういう者がいるのが情けないのだが。


在日は本当に「被害者」なのか

朝鮮総連や学校関係者は自分たちを「被害者」と主張する。
だが、何の被害者なのか、私は理解できない。
私は在日三世だが、実質的な差別を受けた経験はほとんどない。
2000年に一度、店舗を借りる際「朝鮮人には貸さない」と言われたことがあるが、それも外国であればどこにでもある話だ。
そんな昔話をいまだに引き合いに出す姿勢こそ、むしろ気の毒に思う。

過去の被害を語れるのはせいぜい二世までだ。
我々三世以降は、日本の恩恵の中で生きてきた。
社会で稼げるのは努力と才能の結果であり、「在日特権」などとうの昔に存在しない。
我々は日本人と同じように税を払い、違反すれば罰金も払う。当たり前の生活をしている。


「被害者支援」という名の偽善

日本や韓国で慰安婦や徴用問題を支援している人々にも同じことが言える。
多くは勉強不足のまま同情心だけで支援しているが、それがどれほどの偽善行為か気づいていない。
「被害者に寄り添う」と言うが、では誰に寄り添っているのか?
本当に寄り添うなら、我々在日や朝鮮学校の学生と直接対話すべきだ。
多くの在日は、祖父母から「強制連行などなかった」と聞かされている。

90年代まで、日本人の無関心が朝鮮総連の言い分を一人歩きさせた。
当時、日本人の多くは朝鮮半島にも竹島にも興味がなかった。
だからこそ、いま若い日本人が「在日は総連と同じ思想」と決めつけるのを見ると、やるせなさを感じる。


最後に

文在寅政権以降、日本では韓国への厳しい意見が増えた。
だが、その半分は在日にも向けられている。
本来、それは在日に向けるべきものではなく、韓国政府や日本政府に向けるべきだ。

我々のように総連を離れ、日本人と同じように税金を払い、静かに暮らしている者に怒りをぶつけても意味はない。
むしろ、ネットや街頭で日本への不満を垂れ流す韓国人・朝鮮人こそ問題なのだ。
彼らは何かしらの“意図”を持って動いている。
我々は彼らとは違う。

だから私は、「在日三世」と名乗り、自分の言葉で語り続ける。
一括りにされないために。
そして、在日という存在を、もう少し冷静に見極めてほしいと願うからだ。

いいなと思ったら応援しよう!