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在日特権(法的には存在しない)のぬるま湯で叫ぶ“祖国愛”という虚妄・豊璋の過去記事シリーズ

在日3世の私が考える自由ってなんだろう

日本では東京15区の補欠選挙の際、ある政党の選挙妨害とも取れる過剰な行動が話題を呼んだが、警察の捜査が入り、その政党は代表を含め3人が逮捕された。
この政党は「言論の自由」を盾に度が過ぎる行動をとった結果なのだが、私も少し考えさせられた。

ある在日ユーチューバーが高齢視聴者の質問に答える中で「自分は韓国籍だが北朝鮮に誇りを持っている」と発言していた。
その前に質問者は「北朝鮮籍か韓国籍か」を尋ねていた。
これは本人も話していたが「北朝鮮籍」というものは存在しない。
「朝鮮籍」が正しいのか私にはわからない。なぜなら今、朝鮮半島は北朝鮮と大韓民国という二つの国に分かれており、少なくない人は「朝鮮籍は朝鮮半島を意味する」と言うからだ。

朝鮮半島を意味するなら、二つに分かれている以上どちらかだろうと思うが、日本は現在、北朝鮮を国として認めていない以上、この矛盾に対応できないでいるのも理解できる。
ただ日本の多くの方は「朝鮮籍=北朝鮮籍」という認識を持っている。
その背景には、90年代までの大半の在日が朝鮮総連所属で「朝鮮籍」を取得していたことがある。
少し年配の人なら「朝鮮籍=北朝鮮籍」と考えても不思議ではないのだ。

この話を私がSNSで発すると、「朝鮮籍でも北朝鮮を擁護していない方を知っている」という人もいた。
もちろんそういう方もいるが、日本で多くの人、そして我々年配の在日でさえも「朝鮮籍=北朝鮮籍」と認識しているのだ。

また、私の「北朝鮮」という表現に対し、「DPRK(Democratic People's Republic of Korea)」と言い直してくる若い在日もいる。
私が「北朝鮮という表現に不都合があるのか」と尋ねると、「正確には朝鮮民主主義人民共和国だからDPRKだ」と話す。
それも正しいが、歳をとった私にはどうもしっくりこない。

日本の組織や学校でも「北朝鮮(プッチョソン)」という表現はよく使われてきた。
30代の後輩に聞くと「最近の若い在日はDPRKって言いたがるけど、相手が知らなければバカにし、知っていれば同じ世代の“同志”だと感じ取る目安の一つみたい」と説明してくれた。
だからその後輩自身も、決して「DPRK」とは言わず「北朝鮮」と表現しているという。

これも自由なので、それぞれ好きなように話せば良い。
だが世間でのおおよその認識を無視し、揚げ足取りのように表現を正すことはどうかと思う。

ただ、ここで私がふと気づいたのは、こういう発言自体が在日たる「特別永住」という立場があっての“ぬるい”感覚なのだということだった。


日本だから言える在日の身勝手な民族心

このユーチューバーが「自分は韓国籍だが北朝鮮に誇りを持っている」と発言したのを見たとき、私は少し呆れた。
韓国に住んでいると、韓国人が良くも悪くも韓国に「誇り」を感じていることを日本人より強く実感する。
それは徴兵制度があるからかもしれない。有事の際に立ち向かう覚悟ができている韓国人は多い。

もし従北政権の文在寅政権下で「北朝鮮に誇りを持っている」と話せば、世間から「赤」の烙印が押されていた。
韓国の従北政権ですらそうだったのだ。

それが、日本にいる韓国籍の若い在日が堂々と「北朝鮮に誇りを持っている」と発言する姿には、韓国や北朝鮮の現実をひとつも知らないのだと感じてしまった。

私は日本の街角で在日の「権利」を叫ぶ者たちによく「日本ほど良い国はない」と話している。
それは、70年代初頭に学校選抜で北に送られた叔父への送金を80年代からずっと続けた家族の現実や、韓国に渡って在日の立場を嫌というほど知った体験があるからだ。

そうした経験をしていると、日本における在日が韓国や北朝鮮に比べどれほど恵まれている環境にあるかが身にしみてわかる。
いまだに私を「祖国の裏切り者」と呼ぶ輩もいるが、本当にそういう輩は一度、北朝鮮でも韓国でも住んでみると良い。

日本から旅行程度で韓国や北朝鮮を見て回り、脱北者や拉致被害者を無視し続けながら日本で北朝鮮に「誇り」を語るなど、私には到底理解できない。
私は日本で在日が当事者として北朝鮮擁護を口にするなら、それなりの覚悟が必要だと思っている。

韓国は犯罪政治家国家になってしまったが、アメリカは北朝鮮がテロ活動に関与し支援してきたとして、1988年以降2度にわたってテロ支援国家に指定してきた。
そして日本での日本人拉致問題を認めた国でもある。

何を叫んでも許される自由があるのが日本だ。
だが、そんな北朝鮮をどうやってこの日本で「祖国」と叫び擁護できるのか。
それを「不思議な自由」としか思えないのは、私だけだろうか。


私自身は韓国籍だが、北朝鮮を「誇り」に思うことなど決してない。
生まれ育った日本を在日として「誇り」に思っているくらいだ。

韓国でも同じように、韓国で生まれ育った人たちは少なからず韓国を「誇り」に思っている。
韓国で露骨に反米・反日活動をしている若者は「信者(赤)」と呼ばれ、一般人は関わろうとしない。

そしてこれまで「祖国統一」「一つの民族」を大義名分に活動してきた団体の多くが、実際には利権や疑惑まみれだったことを国民は知った。
今回の総選挙でも、思想とは関係なく補助金を出す政党に票を入れた結果が今の韓国だ。

今後、韓国では「祖国統一」「一つの民族」と弱者救済の嘘に同情する者は少ないだろう。
だが心配なのは日本だ。

日本では、叫んでいる者も同情している者も、北朝鮮の現実を知らない。
在日が韓国でどのように扱われるかも知らない。

韓国や北朝鮮では決して口に出せないことが、日本では言えてしまう自由がある。
文在寅政権の頃ですら、韓国で日本擁護を口にするには覚悟が必要だった。

日本では北朝鮮擁護に覚悟もいらず、何でも言えてしまう。
これも「自由」なのだろうが、私にとっては違和感でしかない。

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