50年の無関心が生んだ“知ったか日本人”という病、反日教育70年に勝てると思うな・豊璋の過去記事シリーズ
在日3世が思う、日本人が机上のデータにかまける危うさ
文在寅政権後、急激に日本人は日韓問題に興味を持ち始めている。90年代までは全く朝鮮半島に興味を持っていなかったが、2002年の日韓ワールドカップや2005年の小泉元首相の訪朝で金正日が日本人拉致を認めた時でさえ、今ほどの関心は示さなかった。
やはり文在寅大統領が2019年8月に掲げた反日・不買を機に、慰安婦合意破棄を促す脅迫じみた幼稚な行動によって、ようやく日本人の心に火をつけたのだ。
日本での朝鮮半島に対する意見や見方が、私には机上のデータしか見ておらず、多くの人の意見に薄っぺらさを感じている。ここ十数年、ネットで調べた歴史とメディア報道、左翼の言い分によって組み立てられた朝鮮半島への価値観は、到底50年以上続く反日教育の足元にも及ばない。
もちろん私のように以前から興味を示した日本人も少なからず存在するが、大抵の日本人は韓国の上っ面は語れても「根」に関しては語れない。だから否応なく韓国人と同じ舞台に上がり、ただの幼稚な言い争いにしかなっていないのだ。
私の記事を韓国で発してほしいという要望も多いが、韓国には週刊誌がなく、メディアといえばネットニュースが大半だ。多くの人に認められるには大手新聞社に取り上げられなければ、ただのゴミ記事になってしまう。では、こういった類の記事が取り上げてもらえるかといえば、政権によってコロコロ方向性の変わる韓国メディアでは不可能だ。
韓国には「日本ウォッチャー」と呼ばれる日本担当記者が各社に必ずいる。その記者の目に留まり、逆輸入方式で紹介してもらうしかない。そんな私の記事も2度紹介されたが、当然ながらもみくちゃな紹介記事になっているのは言うまでもない。
こういった韓国特有の構造すら知らないのに、無責任に韓国へ発信せず上から目線で意見を述べる愚かさを、今の日本人は感じていない。机上のデータで一端に韓国を知ったかぶる日本人が多すぎるのも、大きな問題だと感じざるを得ない。
無関心に過ごした50年の結果
今、日韓問題で「ネトウヨ」として騒ぐ20代〜30代の若い人たちに言いたい。
自分の周りの50代以上の人たちが20代の頃、今の自分たちのように朝鮮半島に興味を持っていたか確認してほしい。なぜかというと、その世代の多くは全く興味を持たずに過ごしてきたからだ。
先日、東京でのミーティングの中で「日本人はいつ頃から竹島を認識し始めたのだろう」という議論になった。2005年(平成17年)に「竹島の日を定める条例」ができた時でさえ、あまり話題にならなかったというのが参加者全員の意見だった。
では、20代〜30代に「なぜ竹島が韓国に実効支配されているのか」と聞けば、ネットで出てくる情報を元に韓国の野蛮性を説く。しかし私たちの見解では、日本人の無関心こそが今も実効支配されている最大の原因だと捉えている。
当然、「日本の領土」と言いながら、そんなに重要視してこなかったわけだ。私は、軍艦島の記憶管理を行っているNPO法人「軍艦島を世界遺産にする会」の代表・坂本道徳先生とも懇意にしているが、先生と話をしても、今までの日本人の無関心さを痛感させられた。
先生の頭を悩ませたのは、韓国から勝手にやって来て取材を行う韓国メディアの存在だった。事前に「そういった行為はダメ」と伝えても、彼らは強行取材を行う。その中には旭日旗で有名な徐坰徳(ソ・ギョンドク)教授も含まれていた。
そんな屈辱的に軍艦島が侮辱され、韓国でいいように紹介されたことを、当時の日本人のどれほどが知っていたのだろうか。現場の切ない声に誰が耳を傾けたのだろうか。――この出来事さえ、ここ15年以内のことなのだ。
無関心のまま50年以上を過ごしてきた経緯を知らず、ここ十数年で韓国を理解したように勘違いし、「韓国はこんな国だろう」と決めつけて話す日本人を見ると、本当に日本は幸せな国、まるでお花畑だとしか言いようがない。
韓国は殺伐とした井の中の蛙だが、日本はお花畑に包まれた幸せな井の中の蛙かもしれない。
私に「竹島はどこの領土?」と聞く前に、もう一度、日韓問題に対する日本人のこれまでの在り方を振り返ってみてはどうだろうか。
戦後70年以上の反日教育の結果
戦後70年以上続く反日教育の中で、日本人がここ十数年で得た韓国への知識や感情が通用するだろうか。
私も韓国に入り、驚いているのは反日教育の根の深さだ。そこには常識的な判断もなく、教育で培われた日本への憎しみと対抗心がある。
その反日が大きく羽ばたいたのが文政権と市民団体たちである。なぜ歪曲された歴史がここまで世界に浸透しているのか――その答えは、日本人の無関心しかない。
慰安婦像はその典型であり、今では徴用像まで「柳の下の二匹目のどじょう」状態になっている。その光景を見ても政府が動かないのは、国民の訴えが真剣に受け止められていない証拠ではないだろうか。
こんな思いは、参政権のないお気楽な立場からかもしれないが、我々が話しても信じられず「頭のおかしな奴」扱いを長く受けてきた。そして今になって急に「目覚めました」と言われても、時すでに遅しである。
そんなことも知らない若者の言葉は、ただ無責任な日本人を代表する言葉に過ぎない。いつから日本人はこんなに「頭が悪くなったのだろう」と感じる言動が本当に多い。
ネットで拾える歴史より、日常の中にこそ真実の歴史があることに誰も気づかず、机上の歴史だけを論じて知ったかぶっている。
ある若い日本人が「韓国で○○を見た」と話していたが、私が「具体的にどこで?」と聞くと答えられない。そんな軽い知識で、70年以上反日教育を受けてきた韓国人と渡り合えるだろうか。
その程度の認識しか持てない日本人では、彼らの歪んだ反日教育が真実だったと“日本人自身が導いてしまう”結果になりかねない。日本人は、まだ70年の反日教育に対抗する準備ができていないことを知るべきだ。
私が訴えるのは、「韓国と同じ舞台に上がる必要はない」ということだ。
例えば観光で訪日する韓国人に対し、彼らが戸惑うほど“過剰なほどのウェルカム姿勢”で受け入れてみても面白いと思う。
事実、大分県の別府や湯布院は全国屈指の韓国人観光客が訪れる地域だが、そういった場所からでも徹底したおもてなし姿勢を取ることで、彼らの意識に変化を与えられるかもしれない。
文政権の仕出かしの中で“聖域”と呼ばれた慰安婦団体も分裂し、今では被害者のお婆さんたちを食い物にしてきたビジネス団体であったことが露呈した。
また「弱者を救済することが美徳」とされてきた市民団体も、身障者団体の地下鉄不法デモがあまりに行き過ぎた結果、国民から「本当に弱者なのか」と疑われ始めている。
さらに、民主の権利と主張を掲げてきた労組も、度重なる暴力的なストライキ活動によって、国民が「排除する政府」を評価し始めている。
外から韓国を見られる我々が“膿”と感じていた部分が、今まさに表面化している。
そんな膿を目の当たりにした韓国民が、学校教育で培われた反日教育に疑問を持ち始めた今こそ、相手が度肝を抜くような姿勢で受け入れ、一般韓国人の気持ちをつかむことが、日韓問題をスムーズに解決する早道になるのではないだろうか。
そして――日本を最も理解する“1番のお客”が韓国人であるなら、それも悪くないことだと思う。
