「ただいま、東京」
地下鉄のドアが閉まる音を聞くと、身体が目を覚ます。
私の目覚まし時計は、東京メトロだ。
渋谷に着く。スクランブル交差点を渡る。
人の流れに混ざると、不思議と肩の力が抜ける。
誰も私を見ていないし、誰も気にしていない。
人口密度が高すぎる街では、よほどのことをしない限り、個人はただの景色になる。
それがいい。
缶酎ハイを片手に、昼間の玉川通りを歩く。
目的地はない。
三軒茶屋までの距離なんて、田舎の感覚では近すぎる。広島ならまず車に乗る距離だ。けれど東京では、ただ歩けばいい。
歩いて、気が向けば店に入り、また歩く。
それだけで時間が過ぎていく。
今でも地図を見なくて迷子にならないのは、下北沢だけで、茶沢通りをノロノロ歩き、酒臭いまま古着を漁る。
取っ替え引っ替え服を身体に当てて、可愛いを吸収する。
そんな時間は、田舎にはない。
田舎は観光地じゃない限り無愛想で、ほど良い距離から手を差し伸べてくれるのは東京の人。
コンビニに行っても、お弁当を温めるかを聞いてくれるのは東京で、田舎は「いらっしゃいませ」もない。
その度に東京へ戻りたくなる。
私が子どもの頃、東京はコンクリートジャングルと揶揄されていた。人も街も冷たいと学校の先生は言っていた。
しかし、父も大学や会社勤めは東京で、
「気楽なのは都内だ」と言っていたが、私には本当だった。
渋谷の、住宅の軒先に咲く桜を見上げて
「きれいですね。
毎年、ここの桜を見るのが楽しみですよ」
声をかけてくれたのは、まったく知らない東京の人。中目黒や越中島でも同じだった。
ミッキーマウスの黄色いブルゾンに、インゲボルグのヒラヒラしたロングスカートは、田舎なら警戒されて噂になってしまう。
人の心の温度差へ、妙に感動を覚えた。
地下鉄に乗り、ドアが閉まる音を聞く。
それだけで思うのだ。
「ただいま、東京」
