私が朝日新聞の購読をやめた理由
朝日新聞の購読をやめた。半世紀以上にわたって購読してきた新聞だけに、愛着はあったのだが、ここ数年は批判精神がまったく失われ、しかも社会で起こる事象を表面的にしか伝えておらず、購読していても意味はないと思ったからだ。
昔、政治に腹が立った時には、「声」欄に政府批判のちょっと過激な文章を投稿しても、少し手直した上で、時々載せてくれたものだ。しかし、最近の声欄に載る投稿は、予定調和のあたりさわりのないものばかり、朝日新聞は一体何に遠慮してるんだろうと言いたくもなる。最近、共産党のおばちゃんの強引な勧誘に根負けして😅、一か月だけ無理やり?とらされた赤旗日曜版の記事の方が、よほど物事の本質を捉えている。
今は何かが起こった時は、ネットで調べた方が、情報を、はるかに多く、はるかに詳しく、しかも一挙手一投足に?伝えてくれる。もちろん、ネットには塵・芥の類のニセ情報が膨大にあるが、その分真実あるいは真実に近い情報も多く含まれており、何につけ及び腰になっている朝日新聞を読まなくともほとんど困らない。たとえば、今の朝日新聞を読むより、ユーチューブのSAMEJIMATIMESを見る方がよほどためになる(SAMEJIMA氏は元朝日新聞記者)。
唯一困るのは、”おくやみ(悲しみ)欄”を見れないことだが、古希をむかえ、冠婚葬祭の類とは一切縁を切ったのでそれも問題ない。まあ、朝日は文化欄が他の新聞より圧倒的に充実しているので、それを読めないのが困ると言えば困るのだが・・・・・。それくらいは我慢しよう。
思い切って朝日の購読をやめたことで、毎日、配達されたままで1頁も開かない(時に”おくやみ(悲しみ)欄”や文化欄を見ることはあったが)新聞がリビングに積み重なり、こんなもの(失礼!)に毎月数千円も費やすのは、(最近の政府無策の物価高もあって)もったいないし、アホらしいと考えるストレスから解放された。もっと早くにやめておけばよかった。
それにしても、最後の方は、新聞を認識するのは、ゴミ出しの時、数キロの積み重なった”きれいな”朝日新聞を一輪車に積んで出す時だけだった。何と悲しいことだろう。
今、国会やネットで大騒ぎになっている高市首相にまつわるサナエトークンの問題や誹謗中傷動画問題も新聞はほとんど取り上げないし、朝日新聞のみならず、新聞というオールドメディア自体がほとんど”詰んでいる”ような気がする。
昔、佐藤栄作首相が辞任の記者会見で、冒頭に「私はテレビだけに喋る。新聞は皆出て行ってくれ」と言った時、毎日新聞の岸井成格さんの、「おいみんな出ようぜ」という一言で、記者会見の席から新聞記者が本当に皆出て行ってしまった、あの時代がなつかしい。
