資金調達が決まるたび、「これで立て直せる」と思っていた

IPOを目指していた頃、資金調達が決まるたびに安心していた。

「これで立て直せる」

何度もそう思った。

会社にお金が入る。

支払いができる。

次の準備ができる。

時間が買える。

その瞬間だけを見ると、会社が前に進んでいるように見えた。

でも今振り返ると、立て直していたのではなく、ただ延命していただけの時期もあったと思う。

お金が入ると、問題が消えたように見える

資金繰りが苦しくなると、頭の中の大部分がお金のことで埋まる。

次の支払い。

給与。

取引先。

IPOに必要な費用。

そして次の資金調達。

お金が入ると、そのプレッシャーが一瞬消える。

だから安心する。

「まだいける」

「これでもう一度勝負できる」

当時の自分は、それを会社が回復した証拠のように感じていた。

でも、お金が入ったからといって、会社の本質的な問題まで解決するわけではなかった。

売上が伸びていない。

利益が出ていない。

固定費が重い。

組織が疲れている。

経営判断が遅れている。

そういう問題は、そのまま残っていた。

資金調達と再生は、まったく違った

今なら分かる。

資金調達は、会社に時間を与えてくれる。

でも、その時間を使って会社そのものを変えなければ、ただ期限が延びるだけだ。

当時の自分は、

「資金調達できた=会社はまだ評価されている」

「IPOが進んでいる=最後は全部解決できる」

という気持ちが強かった。

その考えが、問題を見る目を曇らせた部分もあったと思う。

本当は、

「このお金で何を変えるのか」

をもっと厳しく考えるべきだった。

売上を変えるのか。

コスト構造を変えるのか。

事業そのものを変えるのか。

あるいは撤退するのか。

そこまで決めずに資金だけを入れても、会社は再生しない。

「次の資金調達」が希望になる怖さ

経営者にとって、希望は必要だと思う。

でも、希望が判断を狂わせることもある。

次の資金調達が決まれば。

次の契約が取れれば。

IPOが実現すれば。

その「次」がある限り、今の問題に正面から向き合わなくても前に進めてしまう。

自分もそうだった。

撤退するより、次の可能性を信じる方が楽だった。

今思えば、それが一番危なかったのかもしれない。

今なら、最初に見る数字が違う

以前の自分は、

「いくら調達できるか」

を強く見ていた。

今なら、

「そのお金で何ヶ月延びるのか」

「その期間で何を変えるのか」

「変わらなかった場合、どこで撤退するのか」

を先に決めると思う。

お金を集めることそのものは、経営の成功ではない。

資金調達はゴールではなく、ただの手段だった。

その当たり前のことを、自分は会社を失ってから理解した。



今、資金繰りに苦しんでいる経営者がこれを読んでいたら、伝えたいことがある。

次のお金が入ることと、
会社が立ち直ることは別です。

自分はその違いを理解するのが遅かった。

このnoteでは、IPO、資金調達、経営判断、人間関係、破産後のマインド。

成功した話ではなく、
失敗した側から見えたことを書いていきます。

Re:CEO
ゼロからの再起録。

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