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「許せないこと」は、あなたの課題が可視化された証拠である理由
十年位じゃ前のことだ。職場にいたある後輩男性に対して、耐えがたい怒りを覚えたことがあった。
一挙手一投足が鼻につき、説教したい気持ちに駆られたが、ぐっと抑える。
当時、僕はその後輩を変えなければと躍起になっていた。改善点を細かく指摘しては「彼のためにしている」とすり替えていた。
何をすり替えていたかと言えば、改善すべきは自分という点である。
そのあと、心理学を学びユングのシャドーという概念を知る。抑圧したネガティブ感情は消えることなく奥底に残り、人を通して苛立ちとなって表れる。投影というやつだ。
今、振り返れば、くだんの後輩と僕は酷似していた。回避傾向があり劣等感が強く、隙あらばマウントをとろうとする。
あるとき、なぜここまで苛烈な怒りを感じるのかと、後輩に対するもやもやを紙に書き出した。驚いたことに、そこへ書かれたのは自分が持つ弱さや無意識に変えたいと感じている面ばかりだったのだ。
未成熟な人間にとって、自分とよく似たタイプが近くにい続けるのは生き地獄である。
相手の問題と思い込んでいたことが、「自分の問題」だと気づいたときのショックは大きかった。
今のあなたにもし許し難い誰かがいるとしたら、その人はあなたに「人生の課題」を教えてくれているのかもしれない。
ここまで読んで「そうかもしれない」と思えた人は、気づき始めている。
人は気づいた瞬間から変われる。年齢は関係ない。「これって、他人事じゃなく自分事だったんだ」というショックは、あなたにポジティブな変容をもたらすだろう。
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