最年長と最年少
「そこ曲がったら、櫻坂?」の収録日。
この日の企画は、4期生たちによる運動企画。
スタジオのモニターに、4期生たちが全力で競技に挑む姿が映し出されていた。
その中で、田村保乃の視線を釘付けにする一人のメンバーがいた。
山田桃実。櫻坂46の最年少。
現役高校生で運動神経抜群なクールな印象な子。
そんな桃実が、運動企画では別人のように真剣な表情を見せていた。
「……」
走る。
跳ぶ。
投げる。
そして、最後まで諦めない。
守「桃実ちゃん、さすがだねぇ」
隣にいた守屋麗奈がモニターを見ながら呟く。
保乃は返事をしない。
ただ、桃実の姿をじっと見つめていた。
守「……保乃ちゃん?」
「え?」
守「さっきからずっと桃実ちゃん見てない?」
「……見てた?」
守「めっちゃ見てた」
「……そっかぁ」
保乃は誤魔化すように笑う。
けれど、胸の奥では自分でも驚くほど大きな感情が生まれていた。
――可愛い。
ーーかっこいい。
――もっと知りたい。
――頑張ってるところ、もっと見ていたい。
一目惚れ。
それが一番近い言葉だった。
***
収録後。
廊下で4期生たちとすれ違った保乃。
桃実が保乃に近づいてくる。
「……!」
一瞬、足を止める。
『お疲れ様です、田村さん』
「お疲れ様。運動企画、頑張ってたね」
『ありがとうございます……』
嬉しそうに笑う桃実。
それだけで、保乃の心臓が跳ねる。
「……また今度、ゆっくり話そっか」
『はい!』
「じゃあね」
『はい、お疲れ様です』
その場を離れてから。
保乃は小さく息を吐いた。
「……可愛すぎるやろ」
けれど。
保乃は自分から積極的には行かなかった。
桃実はまだ加入したばかり。
しかも、自分は2期生で最年長。
桃実からすれば、ずっと上の先輩。
そんな自分が距離を詰めすぎたら、困らせてしまうかもしれない。
だから。
挨拶をされたら笑顔で返す。
仕事で一緒になったら話しかける。
困っていたら助ける。
それ以上は、踏み込まない。
――そう決めていた。
***
そんなある日のこと。
収録終わり。
保乃がスタッフと話しながら廊下を歩いていると、足元のケーブルに気づかなかった。
「あっ――」
バランスを崩した瞬間。
「田村さん!」
桃実が駆け寄ってきた。
保乃の腕を掴み、転倒するのを防ぐ。
「……桃実ちゃん?」
『大丈夫ですか?』
「う、うん。ありがとう」
『よかったです……』
「桃実ちゃんこそ、大丈夫?」
『私は大丈夫です』
「そっか……」
桃実は少しだけ安心したように笑った。
「……助けてくれてありがとう」
『いえ……田村さんが怪我しなくてよかったです』
その言葉に、保乃は胸を掴まれた。
その後、桃実は4期生の輪に戻っていく。
自分よりずっと年下。
まだ先輩たちと話すことにも慣れていない。
それなのに。
自分のことを心配してくれた。
「……桃実ちゃん」
『はい?』
「私ね」
少し迷ってから。
「ずっと桃実ちゃんと話したいって思ってた」
「仲良くしたいと思ってた」
『……え?』
「でも、保乃は先輩だから……あんまり近づいたら嫌かなって思って」
桃実は目を丸くする。
『そんなことないです』
「ほんと?」
『ほんとです』
「……じゃあ」
保乃は少しだけ緊張しながらも笑う。
「これから、もっと話してもいい?」
『……もちろんです』
その返事を聞いた瞬間。
保乃は確信した。
――やっぱり、この子が好き。
***
それから二人は少しずつ話すようになった。
収録の合間に話したり。
楽屋で隣に座ったり。
桃実が保乃に質問したり。
けれど、桃実はずっと――
「田村さん」
と呼んでいた。
ある日。
二人で楽屋の隅に座っていたとき。
「桃実ちゃん」
『はい?』
「お願いがあるんやけど」
『なんですか?』
「……『田村さん』って呼ぶのやめへん?」
『えっ』
「なんか、ちょっと距離感じる」
『でも……先輩ですし』
「うん。そうなんやけど」
保乃は少し照れながら言う。
「『保乃さん』って呼んでほしい」
『……保乃さん』
「……!」
一度聞いただけで、保乃の顔が緩む。
「もう一回」
『保乃さん』
「……かわいい」
『え?』
「いや、なんでもない」
本当は。
――いつか「保乃」って呼んでほしい。
――敬語もなくしてほしい。
でも、それはまだ先でいい。
今は「保乃さん」と呼んでくれるだけで十分だった。
***
それから数ヶ月。
二人の距離は、少しずつ縮まっていった。
そしてある日。
保乃はついに、自分の気持ちを桃実に伝えた。
「桃実ちゃん?」
桃実:『どうしました?』
「私な.....好き。.......桃実ちゃんのことが好き」
『……』
「先輩としてじゃなくて」
「一人の女の子として、好き」
桃実はしばらく黙っていた。
そして。
『……私も』
「……え?」
『私も、保乃さんのこと好きです』
保乃の目が大きくなる。
「ほんまに?嘘やない?」
『はい』
「……よかったぁ」
保乃は心の底から嬉しそうに笑った。
そして――
「これからも、保乃さんって呼んでくれる?」
『はい』
「……でも、いつか」
『?』
「「保乃」って呼んでほしい」
『……頑張ります』
「ふふっ。待ってる」
***
そして、二人が付き合い始めてからしばらく経った頃。
楽屋。
桃実が保乃の隣に座っている。
『保乃さん、これ食べます?』
「食べる〜」
桃実が差し出したお菓子を、保乃が嬉しそうに受け取る。
その様子を見ていた谷口愛季が呆れたように笑う。
谷「……またいちゃついてる」
小「最近ずっと一緒だよね」
天「保乃、楽屋きたら1番に桃実ちゃんのこと探すもんな」
「そんなことないって!」
天「あるある」
そこへ3期生の村山美羽も加わる。
村『保乃さん、桃実ちゃんが別の人と喋ってるとき、めっちゃ見てますよね』
「……見てない!」
凪「いやいや!すごい見てますよ?!」
『……保乃さん、見てたんですか?』
「……ちょっとだけ」
『ふふっ』
「笑わんといてよ〜」
『だって、可愛いなって』
「……」
今度は保乃が固まる。
天「うわぁ」
村『はい、始まった』
谷「桃実ちゃん、推しの美青に似てイケメンになってきたよね」
保乃の顔が真っ赤になる。
「……桃実」
『はい?』
「それ、二人のときに言って?」
『なんでですか?』
「恥ずかしいから!」
『じゃあ……あとで二人のときに言います』
「……それはそれで恥ずかしい!」
楽屋中に笑い声が響く。
***
その日の帰り。
二人きりになった廊下。
桃実が保乃の隣を歩いている。
『保乃さん』
「ん?」
『……いつか、保乃って呼んでもいいですか?』
保乃が足を止める。
「……!」
『まだちょっと恥ずかしいですけど』
「……うん」
保乃は嬉しそうに笑う。
「いつでも待ってる」
『……保乃........さん』
小さな声。
でも、確かに聞こえた。
「……桃実」
『???』
「今の、もう一回言って?」
『……保乃』
「……ふふっ」
保乃は嬉しそうに桃実の手を握る。
「やっと呼んでくれた」
『……これから、もっと慣れますね』
「うん」
「ゆっくりでいいよ」
――最年長と最年少。
最初は遠かった二人の距離は。
今では、誰よりも近くなっていた。
