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クスリを飲んでまで、なぜ私は働いていたんだろう

こんにちは、はじめまして、あきと申します。

10年以上前に車の運転中に過呼吸発作を経験してから
しばらく車の運転ができなくなりました。
できなくなったといっても仕事にはいっていたわけで
3日間ぐらいは主人に後ろから車でついてきてもらって、
安心感を得ていましたが、主人も邪魔くさくなったのか
ついてきてくれなくなりました(´;ω;`)ウッ…

通勤前に発熱のため、保育園へ行けず
息子を病児保育へ預ける日があったのですが、
そこの看護師さんに「お母さん、顔真っ青だけど大丈夫?」と
心配されたことを思い出します。
「大丈夫じゃないよ」と思いながら、「大丈夫です」と何とか答えて。
当時、ストローを口にくわえて、ふーっと息を吐くことに集中しながら
運転していました。人には見せられない姿です。

ではなぜ、ここまでして私は仕事を続けていたのか???

①母が看護師で30代前半で看護婦長にのぼりつめていたので、働くことが
 当たり前だと思っていた。(父よりお給料は断然高かったです)
 推測:私小学生時、母のお給料は月収60万円。年2回ボーナス各何百万

②母を超えたいと思っていた。
 (女性でも頑張ればトップにいけると思っていた。気づくのが遅すぎたの  
  ですが、看護師の世界では女性でも上へいけますが、田舎の金融機関だ
  と、男性優位。このことに気づくのに何十年と費やして、健康を害して
  働いてしまいました。今思うと当たり前のことに気が付かなった私が
  無知だったというか馬鹿だったというか。それでも営業成績はトップを
  獲っていたんです。でも金融機関は成績だけじゃない。結局、コネや
  人脈、上層部へのヨイショ、どれだけ上司に可愛がられるか、上へ行く
  であろう派閥へ寄ること、そして何より男性であること。

③辞める選択肢が当時の私にはなかった。
 お薬を飲んでいれば、仕事はできていましたし、働いている自分が好き 
 でした。主任ぐらいにはなっていたので、年下の子達、上司から頼られて
 「仕事できる私」に酔っていました。当時は人に教える立場でした。

といいつつ、こんなに薬飲みながら仕事するってどうなの?と頭には
よぎってはいて、常々このままでいいのだろうか?と考えていました。

それでも、薬を飲みながら仕事を続けてきました。
無理をしているのもわかっていました。でも立ち止まることが
当時はできませんでした。

今は、ただ頑張り続けるのではなく、自分の身体と心の声にも耳を傾けながら、自分に合った働き方を考え、どうしたら仕事が続けられるのか?を
重視し、パートをしています。


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