久しぶりのラオス語に、胸の奥が揺れた日
ラオス支援に関わる方からお声がけをいただき、ラオス正月の催しに参加してきた。

ラオスは、私がこれまで本業だけでなく、国際協力の関係でも長く関わってきた国である。振り返れば、その関わりは10年以上になる。最近はインドネシアやイスラムに関わる催しに足を運ぶことが多かったが、この日は久しぶりに、長く関わってきたラオスの空気に触れる時間となった。
当日は、ラオスに関わりのある方や、ラオスに惹かれて集まった方々など、多くの人が会場を埋めていた。会場には、ラオスの織物や民芸品が並び、ラオス語の絵本も置かれていた。そうした品々を眺めているだけでも、ラオスという国の持つやわらかな温度のようなものが、静かに伝わってくるようだった。
催しは、駐日ラオス大使の挨拶から始まった。久しぶりに耳にする、生のラオス語だった。最近、外国語といえばインドネシア語かアラビア語ばかり聞いていたので、その響きがひどく懐かしく、思わず胸が詰まり、涙が出そうになった。少しではあったが、最近のラオスの政治に触れる話もあった。以前の私は、こうしたことももっと丁寧に追いかけていたな、と、少し遠くなった自分の時間を思い返した。
会の中では、長く続けられてきた支援の取り組みについての紹介もあった。時間をかけて積み重ねてきた働きかけが、きちんと形になっていることを知り、素直にすばらしいことだと思った。
続いて行われたのは、バーシー体験だった。私はバーシーというと、お坊さんから手首にひもを結んでもらい、無事を祈るものだと思っていた。しかし今回は、参加者同士でひもを結び合う形で行われた。新年だけでなく、結婚や旅立ち、帰還など、人生の節目にも行われるものだという。
ラオスといえば仏教国という印象が強い。だが実際には、土着の精霊信仰も深く息づいている。仏教と精霊信仰が対立せず、自然に重なり合っているところに、ラオスという国の信仰のあり方があるのだと思う。バーシーは、まさにその重なりを目に見える形にしたような行事だった。そしてそれは、祈りであると同時に、人と人とを結び合わせる営みでもあるのだろう。

私も隣の方とひもを結び合ったが、これが意外に難しく、何度かやり直すことになった。ひもは三日間はつけ続けること、ハサミで切ってはいけないことも教えられた。そう言われて思い返してみると、以前参加した時も、なかなか自然には外れず、かなり長い間つけていた記憶がある。
その後は、ラオス料理が並んだ。私はこれまでラオスのいろいろな町で料理を食べてきたが、なぜかラープを口にすると、首都ヴィエンチャンのメコン川沿いの店で過ごした時間がよみがえる。夕方、メコン川に沈む夕日を眺めながら、ビアラオを傾け、料理を口に運んでいたあの時間である。

人は味によって、過去のある瞬間へ不意に引き戻されることがある。どこかで、胃と脳はつながっていると聞いたことがあるが、あれは本当なのだろう。ひと口の味が、景色や空気や、その時の気持ちまで連れてくることがある。
この日の料理は全体として辛さが控えめで、どれも親しみやすかった。その中で、ひときわ強く印象に残ったのが、チェオボーンという唐辛子味噌である。これは本当に辛く、まっすぐに胃袋に届くような強さがあった。それでも、不思議とまた手が伸びる。刺激の強さの奥に、どこか懐かしさのようなものがあった。
会の後半では、最近のラオスの状況についての話もあった。ガソリン不足が深刻で、長く並んでも買えないことが多いこと、価格も高く、生活への負担が大きいことなどが紹介された。公共交通機関が十分ではない中、多くの人が日常の足としてバイクを使っていたことを思うと、その影響は小さくないだろう。貧富の差も、以前より広がっているようだとのことだった。
また、ラオスの子どもたちに読書を広げる活動についての紹介もあった。今はネットの時代ではあるが、小さな子どもが最初に出会う「ことばの世界」は、やはり絵本なのではないかと思う。ラオスでは、教科書以外の本に触れる機会がまだ限られているのだという。そう言われてみれば、私自身、ラオスで本屋をあまり見かけた記憶がない。だからこそ、子どもたちに本を届ける取り組みには、大きな意味があるのだろう。静かだが、確かな力を持った活動だと感じた。
ラオスは、発展途上国からの脱却を目指している国である。前に進んでいる部分は確かにあるのだろう。それでもなお、支援を必要としている現実があることも、改めて感じさせられた。
この日の会では、学生時代の先輩にも偶然再会した。久しぶりの再会だった。思いがけないつながりまで含めて、ラオスという国との縁の不思議さを感じる一日だった。
私は、ラオスの宗教的なあり方には、日本と通じるものがあるように思っている。日本では仏教に神道が重なり合い、ラオスでは仏教に精霊信仰が重なり合っている。見える形は違っても、外から来た教えと、その土地にもともとあった信仰とが争うのではなく、時間をかけて溶け合っていく。その融和のあり方に、私はどこか親しみを覚える。
今回、多くの人がこの場に集まったのも、ラオスという国の文化や人の魅力だけでなく、そうした融和の感覚に心を引かれる人が少なくないからなのかもしれない。形は違っても、本質の深いところで通じ合うものがある。久しぶりに触れたラオスのことばと風習、そして味の記憶は、私の中にまだ静かに生きているのだと感じながら、私は会場を後にした。
