普通は少数派
「普通にやってみたらいいよ」
「わかりました」
「おい!お前何やってんねん!?」
僕の人生では、こんなやり取りがとても多い。
ちなみに僕が「わかりました」言うて、なんもわかってないやつです。
みなさんに確認したいんですが。
「普通にやればいい。」
そう言われて、
『自分の考え通りに動く』
これ普通ですよね。
自分の人生なんですから。
「普通ってなんやろう。」
人それぞれ『普通』は違う。
以前、こんなことがあった。
自分の買い出しついでに、先輩のご飯の買い出しに出る。
「何がいいっすかー?」
「なんでもいいよー。普通で」
それに対し買ったのは、おにぎり「高菜」だった。
「普通、梅とかツナマヨじゃない!? まぁいいや!ありがとう!笑」
この先輩は嫌いではなかったが、
その時に気づいた。
「普通でいいよ」ってのは、自分の中の普通を押し付けてないか。
僕は「なんでもいい」と言ったから、『普通に一番安かった高菜』を選んだ。
おそらく先輩は「普通」を『人気のある味』として普通と言ったのだろう。
「でもお前おもろいよな!普通って言って高菜買ってくるか?笑」
「えぇー?だから聞いたじゃないっすかー!何がいいっすか?って聞いた時に、普通『梅かツナマヨ』って言いません?」
こんな軽いノリなら『普通』も笑える。
仕事の場面ではどうだ。
「何やってるん?普通そんなことせぇへんやろ!?」
店長が僕に言った。
「いえ、社長の指示です。僕も店長も社員なんです。給料頂いてる社長の指示を最優先するのが『普通』じゃないんですか?」
「社長は現場を理解してないからあんなこと言うねん。」
「そうなんですね。」
「だから普通にやって!」
「僕は社長の言ったことの方が効率的やし、店にとってもいいと思ったので、社長の判断で動きます。社会人の『普通』じゃないですか?」
店長の言う『普通』は、
「私の頭の中の理想通りに動け」
僕にはそう言われたように思えた。
「なんで『普通』に出来ひんの?」
「僕にとって普通って、自分のベストを尽くすことなんですけど、店長が言ってる『普通』って、自分の言う事を聞け。ってことですか?」
「そんなつもりはないけど。」
困っている。
そりゃそうだ。
『普通』と言う言葉を使っただけで、ここまで噛み付かれたことはないだろう。
一般的には『平均的』とか『無難に』、『空気を読んで』とかで使われることが多い。
ただ、人によって求めている『普通』は違うのだろう。
仮に僕が社長になって、みんなに「普通」を求めると地獄絵図になりそうだ。
「店長の言ってる普通だけやると僕の理想からかけ離れるんで、指示の内容を明確にしてもらえませんか?」
「いや、だから普通にって。」
「すみません。今は僕が思う『普通』のやり方でこの状況なってること、わかってますか?」
その数年後、占い師に言われたことがある。
「あらー、あんた苦労するで!1万人に1人の変わった考え方する人やわ!」
僕の普通が通用するのは、1万人に1人らしい。
