第三話 「店を通しているから大丈夫」と言いながら、週4回会っていた男の話
前回までのあらすじ。
デリヘルで出会った彼女。
旅行好き同士で意気投合。
サンフランシスコとラスベガス旅行では、スタンフォード大学まで行ってお土産を買うという、自分でも意味の分からない行動を取った。
そして彼女は予想以上に喜んだ。
普通ならここで冷静になる。
しかし恋愛感情というものは、冷静さを少しずつ削っていく。
しかも気付かれないように。
サイレントアップデートのように。
気付けば予約している
お土産を渡した後も、
私は彼女を予約し続けた。
最初は週に1回。
次は週に2回。
そして気付けば週に3回。
もはや歯医者より会っている。
担当美容師より会っている。
下手すると友人より会っている。
しかし私は自分に言い聞かせていた。
「店を通してるから大丈夫」
便利な言葉である。
まるで安全装置みたいな響きがある。
店を通している。
つまり客。
つまりビジネス。
つまりコントロールできている。
そう思っていた。
実際は全然できていなかった。
LINE交換
ある日のことだった。
いつものように仕事部屋で過ごしていると、
彼女が言った。
「LINE交換する?」
一瞬、
脳が停止した。
擁護者タイプのCPUには処理が重すぎた。
え?
今なんて?
LINE?
交換?
私と?
頭の中では緊急会議が始まっていた。
しかし彼女は平然としている。
コンビニでポイントカードを作るくらいのテンションで言っている。
一方の私は、
心拍数が上がっていた。
50代である。
情けない。
ガチ恋はバレている
後から思えば、
彼女は気付いていたのだと思う。
私が好意を持っていることを。
隠しているつもりだった。
しかし隠せていなかった。
たぶん犬でも気付く。
頻繁に予約する。
旅行のお土産を買う。
話を真剣に聞く。
会話の内容を覚えている。
分かりやすすぎる。
ほぼ答え合わせである。
ただ彼女は安心していた。
なぜなら私は妻子持ちだった。
子どもも3人いる。
仕事もある。
社会的立場もある。
だから彼女からすると、
「好きなんだろうけど、暴走はしない人」
くらいの認識だったのかもしれない。
実際その通りだった。
少なくとも当時は。
LINEが来る
交換後、
少しずつ状況が変わり始めた。
仕事中。
スマホが鳴る。
彼女からだった。
「今日ひまー?」
たったそれだけ。
なのに嬉しい。
50代男性とは思えないくらい嬉しい。
学会の採択通知より嬉しい。
海外航空券のセール情報より嬉しい。
どうかしている。
お誘いシステム発動
やがて、
私から予約するだけではなくなった。
彼女から連絡が来る。
「会いたいー」
「今日いる?」
「仕事終わった?」
もちろん営業なのかもしれない。
今思えばそういう面もあっただろう。
しかし当時の私は違った。
擁護者タイプは、
希望的観測を育てる才能がある。
「もしかして特別?」
という幻想を、
家庭菜園レベルで大事に育てる。
週4回
そしてついに。
多い時は週4回会うようになった。
冷静に考えてほしい。
週4回である。
高校の部活動か。
ほぼレギュラーである。
しかも会う時間も長くなった。
最初は短時間だった。
だが気付けば、
4時間。
5時間。
そして6時間。
何を話していたのか。
旅行。
仕事。
人生。
彼女の将来。
私の若い頃の失敗談。
海外のホテル。
飛行機。
YouTube。
投資。
家族の話。
不思議なことに、
話題は尽きなかった。
勘違いの安全装置
ただ当時の私は、
まだ余裕があると思っていた。
なぜなら、
すべて店を通していたからだ。
予約する。
料金を払う。
会う。
帰る。
システムが存在する。
ルールが存在する。
だから大丈夫。
「もし飽きたらやめればいい」
本気でそう思っていた。
実際、
今までだってそうだった。
どんな趣味もそうだった。
旅行先もそうだった。
レストランもそうだった。
興味がなくなれば終わる。
それだけ。
だから今回も同じだと思っていた。
しかし違った
今振り返ると、
すでに違っていた。
私は彼女に会うために予約していたのではない。
彼女に会えない時間を減らすために予約していた。
似ているようで全然違う。
前者はサービス。
後者は感情である。
だが当時の私は気付かない。
人間は都合の悪い事実ほど見えなくなる。
特に恋愛中は。
「店を通しているから大丈夫」
私は何度もそう自分に言い聞かせていた。
まるで沈みかけた船の中で、
「まだ浮いてるから大丈夫」
と言っている乗客のように。
その時の私はまだ知らない。
彼女との関係が、
次の段階へ進もうとしていることを。
そして、
「店を通しているから大丈夫」
という最後の安全装置が、
近いうちに外されることを。
(第四話へ続く)
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