Frelsun《フレルスン》②
《2》
ハヴェヤは「退屈」という言葉に衝撃を受けた。
生きることだけを考えて過ごしてきた。
獲物を狩り、火をくべ、食料を確保する。
すべては今日を生き、明日を迎えるための行動だった。
そこに「退屈」という発想は一度もなかった。
そんなハヴェヤを見て、フェネシュは少し考えてから言う。
「その日をどう生きるか。
明日生きるために何をするか。
それは大事だよ。でも、それだけじゃ何も生まれない」
その言葉に、ハヴェヤは胸の奥で何かがほどけるような感覚を覚えた。
これまでの時間を否定されているのかもしれない。
だが、それ以上に――自分の時間が何も産み出していなかったことを、
初めて意識させられた。
「フェネシュ……だったよな。
あんたは何か見つけたのか?
旅に出て、何かを得られたのか?」
それはハヴェヤが初めて“生きるため以外”の問いを口にした瞬間だった。
「そうだね。明確な“何か”が見つかったわけじゃない。
でも、危険を冒して色々な土地を巡ると、
色々な考え方や生活が見える。
それが私の中に新しい気づきをくれたよ」
フェネシュは柔らかく笑った。
その顔を見て、ハヴェヤは意を決したように口を開く。
「なぁ……あんたの“旅”に、俺もついて行っていいか?」
フェネシュの見る世界。
それはハヴェヤには想像もできない広さを持っている。
そして――集落を出たばかりのハヴェヤにとって、
何よりも心を引きつけるものだった。
フェネシュは、ハヴェヤの申し出に驚くこともなく、
「いいよ。共に行こうか」
と手を差し出してきた。
ハヴェヤはその手を力強く掴んだ。
「フェネシュは、武器を持っていないのか?」
旅立ちを決め、並んで歩き始めてから、
ハヴェヤはフェネシュの身軽な身なりに興味を示した。
「武器ねぇ……。
まあ、護身用にこれくらいは持ってるけど、他には何もないよ」
フェネシュはローブの下から小さな金属塊を取り出した。
掌に収まるほどの大きさ。
前方には短い筒があり、内部は真っ直ぐに空洞になっている。
「旧世界の何かか……?」
父の鉈と同じ、腐らない金属の質感。
ハヴェヤはそれを見て眉を寄せた。
「これは“拳銃”というものだよ。
これを使えば、遠くのものも壊せる」
ハヴェヤは言葉の意味を掴みきれず、拳銃を見つめる。
「まあ、分からないよね。
試しに使って見せてもいいんだけど……
残念ながら、これは弓で言う“矢”、つまり弾が必要でね。
それがとても貴重なんだ。だから、むやみに撃てない」
ハヴェヤは説明を聞いても完全には理解できなかったが、
それが弓と同じく“遠くを攻撃できる武器”だということだけは納得した。
「あまり使えないなら、余計に不安じゃないか?
獣も多くいるわけだし……」
集落の外には多くの獣がいる。
肉食のものも多く、人など簡単に殺されてしまう。
「そうだねぇ……。
まあ、よほど殺気立った奴ならともかく、
普通に暮らしている動物たちは、
こちらが何もしなければ襲ってこないよ。
無暗に殺気を出さなければね」
フェネシュは軽く笑った。
“殺気”。 狩りに出る時、自分は確かにそれを出していたのだろう。
だが、自分を簡単に殺せる存在を前に、気を立たさず向き合うなど
本当に可能なのか。
ハヴェヤはこれまでの狩りを思い返しながら考えた。
「ハハハ、すぐには無理だよね」
フェネシュはそう言って歩を進める。
日はすでに真上を過ぎていた。
「日がそろそろ傾き始めそうだけど……
どこか地下を探さなくていいのか?」
ハヴェヤは外の世界で最も恐れるべき存在――Wispを警戒していた。
日が沈めば、あれの時間が始まる。
フェネシュは空を見上げて言う。
「あと少し歩けば、集落じゃないけど地下のある遺構に着く。
問題ないよ」
そう言って歩みを少し早めた。
ハヴェヤは遅れないように歩幅を合わせた。
フェネシュの言った通り、陽が沈む前に巨大な遺構へ辿り着いた。
広い入口から緩い傾斜が続き、まるで大きな獣の口の中へ
入っていくような形をしている。
奥へ進むと陽の光は完全に途絶えた。
ハヴェヤは松明を取り出し、火打石で火をつける。
揺らぐ炎が周囲を照らす。
岩肌は削られたように平らで、ところどころにヒビが走っている。
地面には天井から落ちた尖った岩が散らばり、
湿った空気が冷たくまとわりついてきた。
「初めて見る形の遺構だ……」
ハヴェヤは周囲を見渡しながら呟く。
「このタイプは珍しいね。人が住むには湿度が高すぎる。
まあ、一晩くらいなら問題ないけど」
フェネシュは前を向いたまま答える。
ギィギィと、どこかで動物の声がした。
「何か棲んでいるのか?」
「蝙蝠かな。
前に来たときは蛇や蜘蛛もいたけど、あれは鳴かないからね」
しばらく進むと、部屋のように広い空間へ出た。
「今日はここで休もう。
……っと、先客がいるようだ」
フェネシュがわずかに身構える。
ハヴェヤは即座に弓をつがえた。
低いうなり声とともに、巨体がのっそりと姿を現す。
「熊か……」
ハヴェヤは息を呑む。
狩りでも熊だけは避けてきた。
異常なほどの素早さと、圧倒的な膂力。
人が抗うことを許さない獣。
「うーん、殺気立っているね。
何かに襲われたか、取り逃がしたか……」
フェネシュは熊を前にしても、いつもの調子だった。
「おい、フェネシュ。
熊だぞ、そんなのんび――」
ハヴェヤが言い切る前に。
バァン!
フェネシュの右手の拳銃が火を噴いた。
暗闇に閃光が走り、蝙蝠たちが一斉に飛び立つ。
悲鳴のような声が洞窟に響き渡る。
熊は巨体を崩し、そのまま動かなくなった。
「え……」
ハヴェヤはただ茫然と立ち尽くした。
叫ぶこともできず、目の前の光景に言葉を失った。
「これが拳銃だよ」
フェネシュは振り返り、笑顔で言った。
拳銃の筒先からは、まだ薄く煙が立ちのぼっている。
「殺ったのか……?」
冷たい汗がハヴェヤの頬を伝う。
「うーん、頭にいったから……もう生きてはいないだろうね」
フェネシュはいつもの調子だった。
ハヴェヤは弓をしまい、鉈を手に慎重に熊へ近づく。
熊は微動だにしない。
目と目の間には大きな穴が開き、そこから血がとめどなく流れていた。
ハヴェヤは恐る恐る鉈で何度か身体を突き、反応がないことを確認する。
そして――改めてフェネシュの持つ“拳銃”の恐ろしさを思い知った。
これまでにも熊とは遭遇した。
仲間を守るために弓をつがえたこともある。
だが、仲間たちはいつも言っていた。
「頭は固い。身体を狙え」
実際、頭に当たった矢は痛打にもならず、
逆に熊の怒りを煽るだけだった。
その硬い頭に、いとも簡単に穴を開けている。
“拳銃”――とんでもない。
ハヴェヤはただ、その事実を受け止めるしかなかった。
「とりあえず、当面の食料にいくらか肉を持っていこうか」
ニコニコと笑顔を絶やすことなく、フェネシュは言った。
「あ……あぁ……」
ハヴェヤは少し戸惑いながらフェネシュの言葉に応じた。
ハヴェヤ

