「聞こえている」のに「わからない」。それ、耳の問題じゃないかもしれない。
少し前に、英語の動画を見ていてこんなフレーズが出てきました。
I'm gonna do an iced latte of some sort.
あとで字幕で確認したら、難しい単語はひとつもありませんでした。
でも聞いた瞬間は処理できなかった。なぜかというと、たぶんこういうことだと思うんです。私の頭の中には「カフェで注文するときはこう言うはず」というパターンが入っていなかった。だから音は届いていたのに、意味として受け取れなかった。
そのとき気づいたんです。
「聞き取れなかったのは耳の問題じゃなくて、予想していた英語と違ったから理解できなかったのかもしれない」
日本語を聞くとき、私たちはそもそも「全部」聞いていない
日本語って、一音一音を丁寧に拾って理解しているわけじゃないですよね。
早口でも、声が小さくても、なんとなくわかる。
それはたぶん、「この流れならこう続くはず」という
予測が無意識に働いているからなんじゃないかと思います。
脳は音を「受け取る」のと同時に「先読みする」作業も
しているのかもしれない。だから多少音が崩れても理解できる。
逆に言うと、英語でそれができないのは耳が悪いからじゃなく、
予測に使えるデータがまだ少ないからではないか——最近は
そんなふうに思っています。
同じフレーズでも、処理がまるで違います。
「I'm gonna do an iced latte of some sort.」を聞いたとき、
日本語モードの脳なら「あ、注文の話をしているな」と
すぐ処理できる。でも英語モードの脳は
「gonna? of some sort? ……え、なんだっけ」と止まってしまう。
音は同じなのに、処理結果がまったく違う。これって耳の差じゃなくて、
引き出しの数の差なんじゃないかと思います。
「音を解析する」から「状況を先読みする」へ
英語学習の初期段階は、どうしても「音 → 文字 → 意味」という
順番で処理しようとしてしまう。でもネイティブはたぶん、
もっと手前の段階から意味を「推測しながら」聞いているんじゃないか
と思います。
やりがちなやり方(音素解析モデル)
音を一つずつ拾って文字に変換 → 意味へ。少しでも崩れると止まる。
目指したいやり方(予測補完モデル)
場面と文脈から先読みして、音は「確認」程度に使う。
崩れた発音にも強い。
「gonna」や「of some sort」みたいな口語フレーズは教科書には
出てこない。でもネイティブの日常会話にはめちゃくちゃ出てくる。
それを「崩れた英語」として例外扱いするんじゃなくて、
「これが普通の英語なんだ」という感覚としてインストールしていく
ことが、聞こえるようになる近道なのかもしれません。
「場面の経験値」を積むことが、一番の近道かもしれない
聞き取れなかったフレーズを何度もリピートするよりも——
カフェで注文する場面、ホテルでやりとりする場面、友達と雑談する場面。そういう「状況ごとに出てくる言い回し」にたくさん触れてきたか、
の積み重ねが効いてくる気がします。
音を聞いて意味を探すんじゃなく、場面をイメージしながら聞く。
そうすると「あ、これはあのパターンだ」という感覚が少しずつ
育ってくるんじゃないかと思います。
聞こえるから理解できるんじゃなくて、理解する準備ができている
から聞こえてくる。
聞き取れなかった場所は、「知らないパターン」が隠れている場所
昔は聞き取れないたびに「まだまだだな」と落ち込んでいました。
でも最近は少し変わってきた気がします。
「また知らないパターンに出会えた」と思えるようになってきたんです。
聞き取れなかった部分には、自分の中にまだない表現や言い回しが
隠れています。そう考えると、少しだけ前向きに向き合える
気がしています。
英語のリスニングってたぶん、音を聞く訓練というより、
「次に来る言葉を予測するための引き出しを増やしていく」
プロセスなのかもしれない。
今日もまた、ひとつ引き出しが増えました。
