短編小説「たたたたきけん」
先日、実家に帰ったときのはなしだ。
「最近、なんだか肩が凝るのよね」
母がそう言いながら、居間の引き出しからゴソゴソと何かを取り出し、私に差し出した。
見ると、それは縁が少し黄ばんだ、いびつな四角い画用紙だった。中央には、ピンク色のクレヨンで、みみずがのたくったような拙い文字が書かれている。
『たたたたきけん』
私が小さい時に書いたであろう、肩叩き券。「か」が抜けているうえに、「た」が一つ多い。おそらく幼稚園の頃の私が、一生懸命に書いたものだろう。
こんなものをまだ持っていたのか。
「有効期限、書いてないからまだ使えるわよね?」
母が悪戯っぽく笑いながら、私にその券を渡す。
私は呆れたようにため息をつきつつも、「はいはい、特別なお客様ですね」と笑って返し、母の後ろに回った。
肩を叩き始める私。
トントン、トントン。
その瞬間、小さな母の背中が、私の記憶にあるものよりもずっと小さく、薄くなっていることに気がついた。
昔はもっと広くて、頼り甲斐があって、私をおんぶしてくれた時は絶対に落ちないという安心感に包まれていた、あの背中。今は、私の両手で簡単に包み込めてしまいそうなほど、華奢で骨張っている。
(ああ、母も年をとったんだな…)
手のひらから伝わるその事実に、胸の奥が少しだけチクリと痛んだ。
それでも、私の拳のリズムに合わせて「あぁ、気持ちいいわぁ」と目を細める母の声は、昔と少しも変わっていなかった。
トントントントン。
私が叩くリズムは、あの『たたたたきけん』の文字のように、どこか不器用で、連続した優しい響きだった。
「お客さん、かなり凝ってますね」
私は、鼻の奥がツンとするのを誤魔化すように、わざとおどけた声を出した。
「この券、あと100回は使えますから。またいつでも出してくださいね」
私の言葉に、母は嬉しそうに小さな肩を揺らして笑った。
不器用なリズムが、親子の静かで温かい時間の中へ溶けていった。
