短編小説「おっぱい」
私は、おっぱいが好きだ。
いや、世の男性の9割9分がそうであるように、私もまたその柔らかな双丘に夢と希望、そして大いなる安らぎを見出している一介の男に過ぎない。
あれは、まだ現在の妻が「妻」ではなく「彼女」だった頃の話だ。
若気の至りというやつか、私は彼女とイチャイチャしている最中、いかに自分がこの柔らかさを愛しているか、これが自分にとってどれほどかけがえのない「心のオアシス」であるかを、シェイクスピアも裸足で逃げ出すほどの熱量で語っていた。
「ずっと、俺のものだよね」
独占欲にまみれた、甘いセリフ。我ながら完璧な愛の囁きだと思った。
しかし、彼女は私の頭を優しく撫でる……どころか、真顔でこう言い放ったのである。
「あのさぁ。勘違いしないでほしいんだけど」
「えっ?」
「おっぱいは、あなたのものじゃない。赤ちゃんのだよ!」
ドッカーン!!
私の脳内で、超新星爆発が起きた。
なんだと…?
この私の専用オアシスは、未来に誕生するであろう見知らぬ赤ん坊の「貸出品」に過ぎないというのか!
私は所有者ではなく、ただの一時利用者に過ぎないという圧倒的な生物学的真理。哺乳類としての根源的な役割を冷徹に突きつけられ、私のちっぽけな男のロマンは音を立てて崩れ去ったのである。
あれから数年。
我が家では赤ん坊が、我が物顔で妻の胸を完全占拠している。
「ほら、おっぱいだよー」と慈愛に満ちた笑顔を浮かべる妻と、無心にむさぼりつく我が子。
私は部屋の隅でそっと哺乳瓶を洗いながら、あの日の圧倒的敗北を噛み締めている。
そう、おっぱいは赤ちゃんのものだ。ぐうの音も出ない。
