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私の被爆体験記 / 吉田 賢司 (2011年12月10日 記)

昭和20年8月6日
 7月初旬より広島市高須に疎開していました。私は、市内京橋通りの上流川(現在 鉄炮町)旧NHK放送局の近くで育ち、幟町国民学校の1年生でした。父親は洋服店主で、職人3、4人いました。その後職人さん達は、徴用にとられ、居なくなったんだと思います。
 夏休みになるまでの通学、特に帰りは大変だった記憶があります。残務整理中で、まだ店は残っていたので、学校が終わると、一度店に帰り、夕方、1歳半の妹、母親、私3人で自宅のある高須に戻るのに八丁堀福屋百貨店前の電停で乗車していました。電車はいつも満員で、一つ、二つ電車を待たないと乗れませんでした。己斐での郊外電車待ちも同様でした。ついには歩くのですが、灯火管制で、辺りは暗く怖かった思い出があります。
 8月6日、朝から、警戒警報発令中で、解除を確認し合って、親父は自転車で店へ、一番上の姉は、高須の電停へと向かいました。二番目の姉は学徒動員で、前日より師団司令部に任務していました。
おふくろは台所仕事、私は、ふとんを被って縁側に居たとき、飛行機の音を聞き、怖くなり急いで畳間に入りました。
時間的経過はわからないが、一瞬にして、ふすま、障子、家具等の下敷きになり、必死に手、足、腰、頭等を使い襖、障子などを取り払いのけ脱出島下。その時、空襲警報の不気味なサイレン、警鐘が鳴っていたのを記憶しています。
 台所にいたおふくろは、ピカッと光ったので咄嗟に屋外に出、前庭の井戸の辺りで、私と妹の事を心配してウロウロしていました。
丁度その頃、私は運良くおふくろと出逢いました。おふくろは妹の救出の為、再度、家の中へ入って行き、何とか妹を救出しました。
しかしながら、妹の顔は、ガラスの破片で、血に染まり真っ赤に、おふくろは、気が動転して大騒ぎでした。幸い隣の磯崎の奥さんの手助けにより、オキシフルで消毒し、応急処置しました。傷は幸いにも予想していたほどではなく、すぐに病院に連れて行くことにしました。
高須駅より北側100m庚午よりの病院にお袋についていった処、中は重傷の人が多く火傷の人、大腿部がざくろのように割れて赤く肉が盛り上がった人、患者さん達はみな苦しさのあまりウーン!ウーン!と、うなっていました。
長いこと待っていましたが、患者があまりにも多く、とても診て貰えそうもないので、諦めて帰ることにしました。
病院への道すがら、古江、草津、五日市方面(宮島方面)大勢の人たちが被災したままの着の身着のままの姿で、ひっきりなしに、黙々と歩いて避難していました。上を見上げると、100円札、10円札、屋根瓦の薄い敷板等が燃えながら、舞い降りていました。
現在の東高須駅(爆心地から5km余り)近くの民家が炎上しているのを見て私たちも避難したいと思いました。高須駅に近づいた頃、雨が降り出しました。家に着いたと同じ位に親父がずぶ濡れになって自転車で帰って来ました。頭から泥水を被った如く前髪から黒い滴がたれていました。
親父の話では、旭橋を下ってしばらくして、ピカッ!と光り道路端の畑に逃げ伏せた処、古い家の柱が倒れて足に古釘が刺さったとかで、足を血に染め自転車で橋を渡っていると、川の中から助けを求めている人たちがいて、自転車の荷台のロープを投げて助けたとかいっていました。その後親父は古傷がもとで高熱をだし、半年ぐらい寝込むほどでした。
 私達親子4人自宅に帰った後も雨は、降りつづいていて、8月というのに、寒かったことを覚えています。
 夜になって、昼間の雨は気がつかぬ間に止んでいました。
東の空は真っ赤に炎上していて、人々が、わいわい、がやがや、ヒャー、とか何時までも騒ぎたてていました。
姉達の安否は、一番上の姉は無事で戸坂に避難している知らせを受けましたが、二番目の姉は何の情報もなく、おふくろは、炎上している夜景を見ながら一晩中泣いていました。
 7日、おふくろは妹を背負い、同じように、師団司令部に学徒動員で勤務している友達のお母さんと、捜査に己斐迄来たとき、警戒警報となり、鉄橋の袂の焼けた電車に避難したところ、死体ばかりで居られず、あきらめてかえりました。
 8日、再度意を決して捜索に行き、ついに師団司令部につきました。二番目の姉の友達は火傷されていましたが、重傷のようでした。その友達によると、姉は、無傷のようでしたが、顔が腫れていて、7日に死亡していたと聞きました。
 2、3年後、上流川町の慰霊祭の時、知り合いのお母さん達によると、縮景園に避難していたら、その姉は池に使って、助けて!助けて!と云っていたけれど、何もしてあげられなかったよ…と言われたそうです。
今迄、これらのことは私は殆ど口に出したこともない、悲しい、悲しい、悲惨な出来事です。決して忘れられないこととなっていましたが、二度とあってはならないことだと思い、はじめて話しました。

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