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私の被爆体験記 / 賀中 義隆 (2011年11月20日 記)

今年で原爆投下66年目を迎え、私も70才を過ぎました。
何年経っても当時のことは忘れることはできません。
当時、私は広島市内の小学校1年生でしたが、戦争が激しくなり小学校3年生までは強制的に疎開させられていました。
 私は現在の安佐南区沼田町大塚にある祖母の家に一人で疎開していました。
 昭和20年8月6日午前8時過ぎ突然閃光とともに爆風で教室のすべての窓ガラスがこわれました。小さい私にも何か大変なことが起きたことを感じました。
 あの頃は何かあると校舎の側の竹藪に避難するよう訓練を受けていましたので全員竹藪に避難し無事でした。しばらくして教室に戻ると何もかもメチャクチャでした。
 その後家に帰り外で遊んでいましたが、昼前だったと思いますが突然黒い雨と多くの紙切れが降ってきました。子供心に黒い雨はめずらしく傘もささず雨に濡れながら遊んでいたことを覚えています。

被爆者は高齢で年々少なくなりますが、絶対に忘れてはいけないと思います。
私は、当時のことは思い出したくなく、原爆資料館に行きたくもありません。毎年行われる記念式典にも参加する気になれません。当時のことを思い出したくないからです。
二度と戦争が起きないことを祈るばかりです。

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