見出し画像

「行き先は決めず、飛行機に乗った」

行き先は、次の国内線で決めた
宿は、スナックできいた

ふらっと入って、
「泊まるところ
 どこか、ありませんか」

知らない街のスナックで
最初に言ったのが
これだった。

BBEは、日常のふとした体験を、脳科学の視点で読み解くnoteです。
完成した人が教えるんじゃなく、一緒に変わっていく途中の人が書いています。

🛫 朝いちばんの、空港

愛知の常滑に住んでいた
会社員のころ。

25歳になる少し前に
転職した。

前の仕事は
忙しすぎて旅をする暇なんて
なかった。

新しい職場は
ちゃんと休みがあって
遅くても18時には
家に着く。
残業は基本できないから
今思えば、なんて素晴らしい職場なんだろう

当時の日記が残っている。

自分の時間が一気に増えてぽけーと考えてしまう時間も増えたました。

増えたました、は
原文のまま。

指まで
ぽけーとしていたらしい。

その時間で
土日だけ、1泊の
ひとり旅を、することにした。

行き先は
決めなかった。

土曜の朝いちばんに
空港へ行って

次に出る国内の便に乗る。

そう決めていた。

なんでそんな決め方をしたのかは
もう、覚えていない。

出発案内板を見上げたら
次の便は、米子だった。

よなご。(自分はよねずだと思ってた。)

行きたかったわけでも
知っていたわけでもない。

ただ
次に出る便が
米子だった。

それだけの理由で
飛行機に乗った。

🍶 知らない街の、扉

米子空港に着いて
そこではじめて
どこへ行こうかを、決めた。

めざしたのは
近くの、出雲大社。

日本中から選べた朝が
着いてみれば
近くから、選んでいる。

そこから先の記憶は
もう、あいまいで

出雲大社の
目の前だった気がする。

なにが、というと
たぶん、ぜんぶが。

たしかなのは
宿を決めないまま
夜になっていたこと。

あかりのついた
スナックにひとりで入って
冒頭のあれを言った。

「泊まるところ
 どこか、ありませんか」

宿をとってから
飲みに行くんじゃない。

飲み屋で
宿をきくのである。

順番が
おかしい。

でも、お店の人は
ちゃんと
泊まれるところを
教えてくれた。

おなじ店で
ひとりで飲んでいた人が
声をかけてきた。

「何しにきたんだ?」

そりゃあ
聞きたくもなるだろう。

行き先は案内板に決めさせ
宿は飲み屋できく男が
隣に、いるのだから。
そんなことはしゃべっていないのだが、
それとなく、縁結びの神様に会いにきました
そんなようなことを言った気がする。

その人は
植木屋さんだった。

一緒に
飲ませてもらって

「俺の仕事、手伝わないか?」

とまで
言ってもらった。

スナックを出たあと
その人は散歩しながら

「俺の仕事、見るか?」

と、自分の手がけた庭を
見せてくれた。

すげぇなー。
めっちゃ立派な庭だ。

飲み屋の帰りに
知らない植木屋さんの庭を
眺めている。

そこで、別れた。

その夜は
教えてもらった宿に
泊まった。

旅館だった気がする。

初めての経験ばっかりで
そのときは
とても、おもしろかった。

🧠 24種類の、ジャム

なんで
次に出る便なんて
決め方をしたのか。

いまなら
すこし、見当がつく。

スーパーの試食台に
24種類のジャムを
並べたときと

6種類だけ
並べたときをくらべた
実験がある。

足を止める人は
24種類のほうが
多かったのに

買っていった人は
6種類のほうが
ずっと多かった。

選択肢は
多いほど自由なはずが

多すぎると
選べなくなる。

選択のパラドックス、と
呼ばれているらしい。

ただし
あとの検証では
「いつもそうなるとは
 限らない」
という話も出ている。

だから
世界のことは
言い切らないでおく。

言い切れるのは
自分のことだけ。

あのころの日記には
こうも書いてある。

考えると、けっこう悩み癖があるのでいろ~んなことを想像しちゃいます。

日本中どこへでも
行けてしまう休みは

悩み癖の脳には
24種類のジャムどころの
話ではない。

考えはじめていたら
土曜の朝は
家で終わっていたと思う。

だから
選択肢を
ひとつに減らした。

減らしたのは
自分の意志じゃなくて

——出発案内板だった。

🌙 夜の、駅

帰りは
電車にした。

夜の暗いなかを
駅を探して歩いた。

たどり着いたのは
出雲大社の駅。

そこで最後に
ひとつ、迷った。

どっちの方面から
帰ろうか。

迷って、選んだのは
米子をまわって
岡山に出て
新幹線で帰る道だった。

きのうの朝
飛行機を降りた米子を

帰りは、電車で
通り抜けていく。

行きは
あんなに潔く
選ぶのをやめた人間が

帰りは
ちゃんと迷って
選んでいる。

そういうところは
ある。

あれから
15年以上が経った。

行き当たりばったりの
無計画な旅。

当時はそう
呼んでいた1泊が

いま思えば
選ぶのをやめたら
動けた、という
1泊だった。

あの朝の出発案内板に
出雲の文字は
なかった。

縁結びの神様の名前は
どこにも
出ていなかったのに

着いて、しまった。

スナックの扉も
植木屋さんの庭も

選ばなかった先で
結ばれた縁だ。

出雲は
縁結びの土地だと
よく言われる。

なるほど
こういう結び方も
あるらしい。

動きたいのに
選択肢が多すぎて
足が止まる日は
いまでも、ある。

そういう日の正解は
まだ、知らない。

ただ
これだけは言い切れる。

選ばなくても
着ける場所が、ある。

たとえば
出雲大社の目の前
——だった気がする
あのあたりに。

なんとなく乗った便で
ここまで来ました。
そのなんとなくの全部は
こっちに。

最後まで読んでいただいてありがとうございます。
読んだ後 なにかが動いたなら、
小さなブレインバタフライエフェクトかもしれません。
想いを 次の誰かへ フォワード してほしいです。

スキをしていただければうれしいです。
スキを目印にボクも読みにいきます。
フォローも順番にお返しにいきます。
ありがとうございます。

📎 参考にした研究

When Choice is Demotivating(2000年・Iyengar & Lepper)
 24種類と6種類のジャムを並べた元祖の実験。
 多いほうが人は集まったのに、
 買った人は少なかったという原論文の全文https://faculty.washington.edu/jdb/345/345%20Articles/Iyengar%20&%20Lepper%20(2000).pdf

Can There Ever Be Too Many Options?(2010年・Scheibehenne ら)
 約5000人分の実験を集めて数え直したら、
 平均の効果はほとんど無かった、というメタ分析https://www.scheibehenne.com/ScheibehenneGreifenederTodd2010.pdf

Choice Overload: A Conceptual Review and Meta-Analysis(2015年・Chernev ら)
 時間が無いときや好みがはっきりしないときには出るが、
 条件しだいで消えると整理した新しいほうの分析
https://chernev.com/wp-content/uploads/2017/02/ChoiceOverload_JCP_2015.pdf

高齢者における「選択のパラドックス」の実情(2013年・長谷川芳典・藤田益伸/岡山大学)
 日本語で読める検証。
 選択肢に押しつぶされる典型例は見つからなかった、という報告http://www.okayama-u.ac.jp/user/hasep/articles/2013/1312Hasegawa_and_Fujita/Hasegawa_and_Fujita201312.pdf

#エッセイ #日常 #半歩こっち側 #脳のバタフライエフェクト #出雲 #米子 #ひとり旅 #スナック #選択のパラドックス #20代


いいなと思ったら応援しよう!

BBE|見かたをかえていく人 もし、この記事のどこかで、 あなたの脳に小さな羽ばたきが起きていたら—— 無理せず、気が向いたときに、 応援のしるしを残してください。 あなたのチップは、私のところで止まりません。 次の誰かへ、また別の誰かへ—— 「フォワード」の燃料に。