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「製品が履歴書を持つ時代 デジタルプロダクトパスポートという次の貿易ルール」 【第7話】広がる射程 鉄鋼・繊維・電子機器・建材はいつ来るか

はじめに・・・「うちの番」を、数字にする回

いつも記事をお読みいただき、ありがとうございます。株式会社DCTAの畠山です。この記事の公開直前、2026年8月12日に、また一つ大きな歯車が回りました。EUの包装・包装廃棄物規則、PPWRの原則適用が始まったのです(出典:ニッセンケン品質評価センター解説2026年8月、ジェトロ地域・分析レポート2026年3月)。EU向けの製品を包む箱や袋、ラベルや緩衝材までが、新しいルールの下に入りました。電池パスポートまで残り半年という時期に、包装では既に本番が始まっている。履歴書の波は、待ってくれません。

今回は、連載で予告してきた「うちの番はいつか」を数字で見積もる回です。第2話で作業計画の地図の読み方を、第6話までで書き方と守り方をお渡ししました。道具は揃っています。今日はその道具を総動員して、鉄鋼、繊維、電子機器、建材といった業種ごとに、直接の義務がいつ来るか、そしてそれより早く来る間接の波がいつ来るかを、時間軸の上に置いていきます。未来の日付には当然幅がありますから、断定はしません。その代わり、「なぜその時期だと見積もれるのか」の理屈ごとお渡しします。理屈があれば、制度が動いたときに、皆さま自身で見積もりを引き直せるからです。

連載の位置づけとしては、今回から後半戦です。前半で「何を書き、どう運び、どう守るか」という個社の技術を揃えました。後半は、その技術を時間と他社との関係の中に置いていきます。今回が時間(いつ来るか)、次回が関係(どう頼むか)、その次の第9話が実践(どう始めるか)です。空模様を読む今回は、いわば後半戦の天気予報にあたります。

【第7話図表ファイルのP1ページ
「主要データ・出典一覧」参照】

見積もりの道具・・・三つのレンズで空を見る

到達時期を見積もるとき、わたしは三つのレンズを重ねて使います。第2話の「付箋」を、レンズに持ち替えたと思ってください。

一つ目は、名指しのレンズです。ESPRの作業計画2025-2030に製品群として名前が載っているか。鉄鋼2026年、アルミ・繊維・タイヤ2027年、家具2028年、マットレス2029年という委任法令の採択予定に、移行期間の18〜24か月を足せば、直接適用のおおよその時期が出ます。二つ目は、横串のレンズです。修理可能性(2027年採択予定)や、電気・電子機器の再生材含有とリサイクル容易性(2029年採択予定)のような横断的要求事項は、製品名ではなく性質で網を掛けます。自社の製品名が地図になくても、この横串に掛かる可能性を見ます。三つ目が、今回新しくお見せする、別ルートのレンズです。DPPや履歴の義務は、ESPRだけから来るのではありません。電池が電池規則という別法で先行したように、建材には改正建設製品規則(CPR)が、包装にはPPWRが、それぞれ独自の時計で履歴と開示の義務を運んできます。ESPRの地図だけを見ていると、この別ルートの波を見落とします。

なぜレンズを重ねるのか、理由も一言。単眼の予測は、外れたときに全部が外れます。前職の生産管理で需要予測を扱っていたころ、頼りになったのは一つの精緻な予測モデルではなく、受注残、顧客の生産計画、業界の稼働率という複数の粗い視点を重ねた観天望気でした。規制の到達予測も同じです。一つの期日を信じ込むのではなく、複数のレンズで空全体を見て、雲行きの変化に気づける態勢を持つ。それが、期日が動く世界での実務的な予測の作法だと思います。

三つのレンズを重ねた先に、さらにもう一枚、商流のレンズを重ねます。これは後半でお話しする「法の期日より、商流の期日が早い」という時間差のルールです。まずは、別ルートの二大巨頭から見ていきます。

【第7話図表ファイルのP2ページ
「見積もりの三つのレンズ+商流レンズ」参照】

別ルートの二大巨頭・・・建材のCPRと、包装のPPWR

建材・・・改正CPRという専用路線が敷かれた

建材業界には、ESPRの作業計画を待つまでもなく、専用のDPP路線がすでに敷かれています。2025年1月7日に発効した改正建設製品規則(CPR、規則(EU)2024/3110)です。改正CPRは、建材のサーキュラーエコノミー化とデジタルプロダクトパスポートをルール化しました。建材メーカーは、まず温室効果ガス排出量とエネルギー消費量の報告が義務化され、段階的にリサイクル可能性、省資源、有害性などの環境データへと報告範囲が広がります。これらのデータはDPPの仕組みを通じて、川下の事業者や規制当局が容易に閲覧できるようになり、グリーン公共調達にも影響します(出典:Sustainable Japan「改正建設製品規則、発効」2025年1月)。

時間軸はこうです。温室効果ガス排出の多い鉄、コンクリート、断熱材、そして接着剤や塗料が優先カテゴリーに指定される予定で、その評価基準は2026年までに採択される見込み。全カテゴリーの基準策定は2036年ごろまでかけて進み、2039年11月1日からすべて新基準の適用となります(出典:同上)。10年以上の長い道のりに見えますが、読み方を間違えないでください。優先カテゴリーの基準は今年決まり、公共調達という巨大な需要側が先に動きます。セメント、鉄骨、断熱材、塗料、接着剤。この分野で欧州と接点のある方は、2039年ではなく、2026年から2028年を自分の時計に設定すべきです。そして第2話で見たとおり、欧州委員会は建材にも売れ残り廃棄規制の拡大を2027〜2028年視野で検討しています。建材の空には、複数の波が同時に近づいています。

日本の建材・素材メーカーへの含意も添えておきます。改正CPRが最初に求めるのは温室効果ガス排出量とエネルギー消費量の報告、つまりCFPの建材版です。欧州ではすでに、建材の環境製品宣言(EPD)を求める商習慣が公共・民間の調達で広がってきましたが、CPRはそれを任意の宣言から制度の報告義務へと格上げしていく流れです。日本国内でも建築物の脱炭素の議論が進むいま、欧州向けの有無にかかわらず、建材のCFP算定力は数年内に営業力そのものになる。セメント・鉄骨・断熱材・化学建材の皆さまには、CBAM連載の台帳づくりを、建材版として今年から始めることをお勧めします。

包装・・・PPWRは、もう本番が始まった

そして包装です。PPWR(規則(EU)2025/40)は2025年2月11日に発効し、2026年8月12日、つまり先週から原則適用が始まりました(出典:ジェトロ 同上レポート、TOPPAN Packaging解説)。対象は、EU市場に供給されるすべての包装と包装廃棄物です。商品を直接包む容器だけでなく、ラベル、キャップ、緩衝材、輸送用包装、電子商取引用の梱包まで含まれ、EU域外で作られた製品でも、包装された状態でEUに入れば対象になります(出典:ニッセンケン 同上解説)。

初日から効いている義務も具体的です。食品接触包装については、規定の濃度を超えるPFASを含むものがEU市場に供給できなくなり、鉛・カドミウム・水銀・六価クロムの重金属規制も適用。包装の適合を示す適合宣言書と技術文書の整備も求められます(出典:ニッセンケン・3E各解説2026年)。そして2030年に向けて、すべての包装のリサイクル可能化、プラスチック包装への再生材の最低含有率、過剰包装の禁止といった持続可能性要件が控えています(出典:三井化学・SGSジャパン各解説)。お気づきでしょうか。材質、再生材含有率、含有化学物質、リサイクル性。包装に求められ始めたのは、まさに製品の履歴書と同じ項目です。しかも包装は、業種を問いません。機械メーカーも食品メーカーも、EUに箱を送るすべての会社が当事者です。PFAS連載でお付き合いいただいた読者の皆さまには、PFAS規制と包装規制と履歴の規制が、ここで一本の川に合流したことも見えていただけると思います。

適用が始まったばかりの今、日本の輸出企業がまずやるべき初動も具体的に置いておきます。第一に、EU向け製品の包装を部材単位で洗い出すことです。外箱、内装、緩衝材、ラベル、テープまで、材質と重量の一覧を作る。第二に、包装材サプライヤーからの情報収集です。再生材含有率、含有化学物質、リサイクル性の裏付けを求める。第三に、適合を説明できる技術文書の整備です(出典:ニッセンケン 同上解説)。お気づきのとおり、これは第4話のギャップ表づくりの包装版にほかなりません。製品の履歴書で覚えた型が、包装にもそのまま使える。連載の道具の汎用性を、最初に実感できる現場がここです。

【第7話図表ファイルのP6ページ
「別ルートの二大巨頭・・・CPRとPPWRの時間軸」参照】

業種別レーダー・・・直接の波と、間接の波を時間軸に置く

それでは本丸、業種別の見積もりです。各業種について、直接適用の目安(採択予定+移行期間18〜24か月)と、それより早く来る間接影響、そして重なってくる隣接規制を、レーダーのように重ねて読みます。

鉄鋼・アルミ・・・二正面作戦の先頭を走る

中間製品の先頭は鉄鋼です。委任法令の採択予定は2026年、移行期間を足すと直接適用は2028年ごろが目安。アルミは2027年採択予定で、2028年から2029年ごろです。ただ、この業界の皆さまはご承知のとおり、すでにCBAMの本格適用が今年から始まっています。つまり鉄鋼・アルミは、炭素の申告をこなしながら履歴の準備を進める、二正面作戦の先頭走者です。第4話の転記マップを思い出してください。CBAM対応で作った工程台帳は、DPPのCFP欄とリサイクル材欄の答案用紙にそのまま転用できます。先頭を走る苦労の見返りとして、この業界は「台帳を資産に」の恩恵を最初に、最も大きく受け取る業界にもなるはずです。素材を買う側の機械・建設・自動車の皆さまへの含意も明快で、2028年ごろからは鋼材・アルミ材の調達仕様に履歴データの欄が標準装備されていくと見ておくべきです。そしてもう一者、鉄鋼・アルミの流通を担う商社・コイルセンター・問屋の皆さまの役割も変わります。素材が履歴を連れて流通する時代、切断や加工を挟んでも履歴を切らさずに川下へ渡せる流通業者と、モノだけ運んで情報を落とす流通業者とでは、提供価値がまるで違ってきます。在庫管理システムにミルシートの電子データを紐づける投資は、この業界にとって守りではなく、次の商権を取りにいく攻めの投資になると見ています。

繊維・アパレル・・・波は一発ではなく、三段で来る

繊維は、波の重なり方が最も立体的な業種です。第一波はすでに着弾しました。売れ残り衣類・服飾雑貨・靴の廃棄禁止が、2026年7月19日から大企業に適用済みです。第二波が、2027年に採択予定のテキスタイル委任法令で、DPPを含むエコデザイン要件の直接適用は2028年から2029年ごろが目安。第三波として、大企業には2027年2月から廃棄品の標準フォーマット開示も始まります。廃棄の記録、製品の履歴、開示の様式。三段の波はすべて「数えて、記録して、証明する」という同じ川に流れ込みます。アパレルと繊維商社の皆さまは、三つの宿題を別々にやらず、在庫・返品・製品情報のデータ基盤という一つの土台で受けることを強くお勧めします。あわせて、静脈側のビジネスチャンスにも目を向けてください。第2話で「規制は静脈産業への発注書」とお話ししたとおり、廃棄が禁じられた売れ残り品には、リフォーム・再製造・繊維リサイクルという受け皿が制度的に必要になりました。グローバルサウス連載で描いた中古衣料の現場を知る立場から言えば、行き場の管理されない古着の流れが、履歴とともに管理された再流通へと置き換わっていく転換点です。繊維の川上・川中にいる企業が静脈側の受け皿事業に踏み出すなら、いまが好機だと思います。

電機・電子・・・名指しより先に、横串と同居人が来る

電子機器は、作業計画の最終製品の列に名指しでは載っていません。だからといって安心できないのが、この業種の難しさです。第一に、横串です。電気・電子機器の再生材含有とリサイクル容易性の横断要件が2029年採択予定で、適用は2030年以降が目安。修理可能性のスコアリング(2027年採択予定)も、消費者向け機器には効いてきます。第二に、再レビューです。旧ErP指令の対象だった約30の製品グループは、ESPRの下で循環性の物差しによる見直しの対象になります。第三に、同居人です。2kWh超の電池を組み込んだ機器は、来年2月から電池パスポートの世界の住人ですし、EUに送る梱包は先週からPPWRの世界の住人です。電機・電子の皆さまの正しい問いは「うちの番はいつか」ではなく、「うちの製品のどの部分が、どのルートで、いつ掛かるか」の仕分けです。製品本体、搭載電池、包装、そして将来の横串。四つの欄で自社製品を棚卸ししてみてください。スマートファクトリー構築のご支援で電機・電子系の工場に伺うと、この業種は工程データの電子化が比較的進んでいる分、棚卸しさえ済めば対応は速い、という手応えがあります。逆に言えば、差がつくのは技術力ではなく、着手の早さだけです。

タイヤ・化学・樹脂・・・名指し組と、名指しされない組

タイヤは2027年採択予定、直接適用は2028年から2029年ごろが目安です。ゴム・カーボンブラック・補強材と裾野の広い産業ですから、素材サプライヤーへの間接波及も同じ時期に見込まれます。一方、化学・樹脂そのものは、鉄鋼やアルミのようには作業計画に名指しされていません。では無風かといえば、まったく逆です。樹脂は繊維にもタイヤにも電子機器にも家具にも包装にも入り込む、いわば全業種の血液です。名指しの業種が動くたび、その血液に対して「リサイクル材率は、CFPは、含有物質は」という要求が流れてきます。名指しされない業種は、期日が明記されない代わりに、あらゆる期日の1年前に呼び出される。前職で樹脂を売ってきた人間として、これは確信を持って申し上げられます。化学・樹脂の皆さまの時計は、「主要顧客の業種の適用時期マイナス1年」に合わせてください。

自動車・輸送機器・・・名指しなしで、すでに最前線

自動車も、作業計画に完成車として名指しされてはいません。しかし実態は、この連載の主役級です。搭載する駆動用電池は来年2月から電池パスポートの当事者、車体の鋼板とアルミはCBAMとDPPの二正面の素材、タイヤは2027年採択予定の名指し組、そして業界のデータの道路Catena-Xは第5話で見たとおり300社超へ拡大中です。つまり自動車は、名指しの有無にかかわらず、部位ごとに波が到着済みの業種です。完成車・部品の皆さまにとっての実務の主戦場は、「いつ来るか」ではなく「サプライチェーンの何段目まで、いつまでに巻き込むか」に既に移っています。これはまさに次回・第8話の主題ですので、そちらで正面から扱います。

家具・マットレス・建材・・・遠い日付に安心しない

家具は2028年、マットレスは2029年の採択予定で、直接適用は2030年前後の目安。建材は先ほど見たとおり、CPRの専用路線で優先カテゴリーの基準が2026年までに動きます。日付が遠い業種ほど、お伝えしたいことは一つです。遠い日付は、猶予ではなく、他業種の答案を見てから解ける後発の特権です。電池で、鉄鋼で、繊維で、どんな要求が来て、どんな準備が効いたか。この連載も含めて先行例を観察し、自社の台帳を静かに整えておく。慌てる必要のない業種だからこそ、賢く使えば一番効率の良い準備ができます。

【第7話図表ファイルのP3ページ
「業種別レーダー・・・直接適用の目安と先行する波」参照】

【第7話図表ファイルのP4ページ
「鉄鋼・アルミの二正面年表」参照】

【第7話図表ファイルのP5ページ
「繊維・アパレルの三段の波」参照】

共通の時間差ルール・・・法の期日より、商流の期日が早い

業種別に見てきましたが、すべての業種に共通する時間差のルールを、あらためて言葉にしておきます。法の適用日の1年から2年前に、商流の要求日が来る。これです。

理屈は単純です。完成品メーカーは、適用日に間に合わせるために、その1年以上前からサプライヤーのデータを集め始めます。サプライヤーは、その要求に応えるために、さらに手前から準備が要る。CBAMでも、電池でも、実際にこの順番で仕様書と調査票が動きました。だから、先ほどの業種別の目安から、自社が川上にいるほど1年、2年と前倒しして読む。これが見積もりの最後の補正です。

このルールの実在は、ご相談の現場で毎年確かめています。CBAMの本格適用は2026年1月でしたが、わたしのところに「顧客からCBAM対応の照会が来た」というご相談が増え始めたのは2024年の後半、つまり1年以上前でした。電池パスポートの義務化は来年2月ですが、部材メーカーへのデータ照会は今年の春からすでに動いています。規制の記事が「まだ先」と書いている時期に、仕様書と調査票はもう届き始めている。この既視感を、皆さまの業種の見積もりにもそのまま重ねてください。逆に言えば、規制のニュースで「適用は2029年」と見て安心するのは、危険な読み方です。その記事の日付に、自社の位置に応じたマイナス補正を掛ける癖を、ぜひ持ってください。

数字で理解する・・・架空の中堅メーカーで、空を読んでみる

恒例のウォークスルーです。架空の中堅メーカーで、今日の道具を実際に使ってみます。

従業員150名のS社は、産業機械向けの樹脂成形部品と、小型の制御ユニット(2kWh以下の電池内蔵)を作っており、売上の2割が欧州の機械メーカー向けの間接輸出だとします。まず名指しのレンズ。S社の製品名は作業計画にありません。次に横串のレンズ。制御ユニットは電気・電子機器ですから、再生材含有・リサイクル容易性の横断要件(2029年採択予定、適用2030年以降目安)に将来掛かり得ます。修理可能性のスコアリングも、機器の設計次第で視野に入ります。三つ目、別ルートのレンズ。内蔵電池は2kWh以下なのでパスポート義務の対象外、ただし欧州向けの梱包材は先週からPPWRの当事者です。木箱と緩衝材の材質・重量、適合の裏付けを、輸出梱包の業者任せにしていないかの確認が今月の宿題になります。最後に商流のレンズ。主要顧客の産業機械は、鋼材・アルミの調達で2028年ごろから履歴要求が本格化する見込みでしたから、その部品を納めるS社への照会は、マイナス1年で2027年ごろから始まると見積もれます。

結論として、S社の時計はこう合わせられます。今月、梱包のPPWR確認。今年度中に、台帳とギャップ表と開示レベル台帳の三手。2027年、顧客からの履歴照会の本格化に備えた回答体制。2030年前後、横断要件による製品本体への直接適用の可能性。名指しゼロの会社でも、これだけ具体的に空が読める。三つのレンズと商流レンズの威力を、感じていただけたでしょうか。

よくある質問・・・見積もりにまつわる三つ

Q1.今日の「適用時期の目安」は、どのくらい信じてよいのですか。

A.幅を持って信じてください。連載で繰り返し見たとおり、委任法令の遅れやオムニバス簡素化で、期日は後ろに動くことがあります。ただし方向は一貫して「緩和はあっても廃止はない」でした。目安の年数そのものより、「なぜその時期か」の理屈を持ち帰り、制度が動いたら自分で引き直す。それが正しい信じ方です。

Q2.EU以外の国は、どうなるのでしょうか。

A.各国・各地域の制度は個別に確認が必要ですが、大きな流れとして、電池や製品の履歴・環境情報の開示を求める動きはEUだけのものではなくなりつつあります。そして実務上は、最も要求の厳しいEU向けに整えた台帳と体制が、他地域の要求のたたき台としてそのまま使える場面がほとんどです。EUを固有の宿題ではなく、世界標準の先行実装として捉えるのが、投資を無駄にしない考え方だと思います。

Q3.情報を追いかけ続けるのが大変です。何を見ておけば。

A.全部を追う必要はありません。お勧めは三点定点観測です。第一に、自業種の業界団体の規制情報(委任法令のパブリックコメントは団体経由が最速です)。第二に、主要顧客の調達方針・仕様書の改定。第三に、年に一度のESPR作業計画と関連規則の更新。これに、僭越ながら本連載のような整理記事を足していただければ、実務には十分です。

先手の三手・・・どの業種でも、打つ手は同じ

レーダーで自社の空を確認したら、打つ手は業種を問わず三手に集約されます。第一手、台帳です。工程ごとの投入・産出・エネルギーの記録を一冊に。全連載を通じた第一手であり、どの波が来ても使える唯一の汎用資産です。第二手、ギャップ表です。第4話のひな型を自業種の要求に読み替えて、埋まる欄と依頼が要る欄を仕分けする。第三手、開示レベル台帳です。第6話でお渡しした守りの線引きを、要求が届く前に決めておく。三手に共通するのは、どれも規制の細部が確定していなくても今日始められることです。委任法令の採択を待つ理由には、なりません。

三手の外側に、もう一つだけ「攻めの一手」を添えます。ルールづくりの側に立つことです。委任法令や標準の策定過程では、パブリックコメントや業界団体を通じて、実務の声を届ける窓が定期的に開きます。日本の現場の実情、たとえば中小の測定負担や、既存の品質記録の様式を、ルールが固まる前に伝えられるかどうかで、対応コストは大きく変わります。プラスチックリサイクルの分野で経済産業省やCLOMAの議論に関わってきた経験から申し上げると、行政も団体も、現場の一次情報を持ち込む企業を歓迎します。声を出す企業が少ないからこそ、出した声は届きやすい。ルールを待つ側から、ルールに関与する側へ。中堅・中小にも、その席は開いています。

【第7話図表ファイルのP7ページ
「先手の三手・・・待たずに打てる共通の布石」参照】

現場目線のまとめ・・・空模様は、自分で読めるようになった

今回の持ち帰りは三つです。
一つ、到達時期は三つのレンズ(名指し・横串・別ルート)に商流レンズを重ねて見積もること。
二つ、別ルートはすでに動いていること。建材のCPRは優先カテゴリーの基準が今年決まり、包装のPPWRは先週から本番です。
三つ、名指しされない業種の時計は「主要顧客の適用時期マイナス1年」であること。そして、どの空模様でも先手は同じ三手です。この回をもって、皆さまはもう、規制ニュースの見出しに驚かされる側ではなく、自分で空を読み、自分の時計を合わせられる側にいます。それがこの連載の中盤で一番お渡ししたかった力です。

おわりに・・・次回は、依頼状と契約の話

時計が合ったら、次はいよいよ人を動かす番です。第4話から繰り返してきたとおり、履歴書の難所はサプライヤーにしか書けない欄でした。データをください、とどう頼むか。契約にどう織り込むか。頼まれる側は、どう応じて、どう身を守るか。次回、第8話「サプライチェーンの巻き込み直し・・・データ条項という新しい契約」では、依頼状の文面から枠組み契約の考え方まで、紙に落とせる形でお渡しします。CBAM連載第8話の実務編・完結版です。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

あわせて読みたい関連連載(note @iceman_23)

・     「炭素に値段がつく時代 CBAMという新しい貿易ルールと製造業」:鉄鋼・アルミの二正面作戦の片翼、炭素側の実務を扱った前編です。

・     「PFAS規制が現実になる年 “永遠の化学物質”と製造業の向き合い方」:PPWRの食品接触包装PFAS規制で、物質規制と包装規制が合流しました。

・     「脱ナフサ時代の製造業生存戦略」:全業種の血液である樹脂・化学の側から、転換の設計を描いた連載です。

・     「グローバルサウスで起きている資源循環革命 現場から見たアジアの逆転」:再生材の供給側、静脈の現場から見た景色です。

■著者プロフィール

畠山 達彦 株式会社DCTA 代表取締役
大手ケミカルHDの事業会社にて機能性樹脂事業の責任者を務め、素材開発・加工技術・工場設計・生産管理に至るバリューチェーン全体の意思決定を担う。30カ国以上の事業運営を統括した後、2014年11月に独立し株式会社DCTAを設立。製造業の環境規制対応(PFAS・EU CRA等)、IoT/AI/デジタルツインを活用したスマートファクトリー構築、アジアでの資源循環ビジネス開発を中心としたコンサルティングを展開。湘南・横浜を拠点に、東南アジア・中東・インド・欧州・米国で活動中。NewsPicks EXPERT AWARD ベストフラッシュオピニオン賞2024/2025年連続受賞。
会社URL https://www.dctainc.com/

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