11年間日本にいても、中国語を忘れなかった。特別な勉強はしていない
9歳で北京から日本へ来て、今年で11年目になる。
来日したときは日本語がまったく分からなかった。それが今では、日本語も中国語も日常生活で不自由なく使っている。
こう話すと、「中国語を忘れないために、ずっと勉強を続けてきたの?」と聞かれることがある。
でも、正直に言えば、特別な努力をしてきた感覚はあまりない。
単語帳を毎日開いたわけでも、中国語の資格を目標に勉強したわけでもない。それでも中国語を失わなかった一番の理由は、ずっと生活の中で使い続けてきたからだと思う。
■ 日本語を覚えても、家の中は中国語だった
日本の小学校へ転入してから、学校では当然、日本語だけの生活になった。
最初は話せなかったが、友達や先生と関わるには自分から日本語を使うしかない。間違えながら話し、少しずつ会話ができるようになった。来日から1年ほどたったころには、コミュニケーションがかなり楽になったと感じていた。
一方、家へ帰ると使う言葉は中国語だった。
外では日本語、家では中国語。この切り替えが毎日続いた。中国語を「勉強する時間」を特別につくらなくても、家族と話すこと自体が中国語を使う時間になっていた。
振り返ると、この環境が一番大きかったと思う。

■ 小学4年生まで中国にいたことも大きかった
僕が来日したのは、小学4年生のときだ。
それまで中国の学校で学んでいたため、中国語の基本的な読み書きはすでに身についていた。日本に来てから中国語を一から学び直す必要はなく、読むことも書くことも、ほとんど困らなかった。
もし、もっと幼い時期に日本へ来ていたら、会話はできても読み書きが十分に身につかなかった可能性はある。
僕の場合は、来日の時期がちょうどよかった。日本語を自然に吸収できる年齢でありながら、中国語の土台もすでにできていた。
■ TikTokもゲームも、中国語に触れる時間だった
中国語を使うのは、家族との会話だけではない。
普段から中国語のTikTokを見たり、ゲームをしたりする。中国の友達とも中国語で話す。さらに、少なくとも年に1回は中国へ行き、現地で中国語を使う。
どれも「語学学習」と思ってやっていることではない。自分が見たいものを見て、遊びたいゲームをして、話したい相手と話しているだけだ。
でも、その積み重ねがあるから、中国語が過去の言葉にならなかった。
教科書で覚えた言葉は、使わなければ少しずつ抜けていく。一方、生活の中で使う言葉は、そのたびに更新されていく。僕にとって中国語は、保存しておく知識ではなく、今も使っている母語なのだと思う。

「考えるときは日本語と中国語のどちら?」と聞かれると、答えるのが難しい。
場面によって変わるからだ。
日本の大学や友達に関係することなら、日本語が自然に出ることもある。家族や中国の友達について考えるときは、中国語に切り替わる。全体としては、中国語で考えている時間の方が少し多いかもしれない。
頭の中で一度翻訳してから話しているわけではない。相手や状況に合わせて、使う言語が自然に変わる。
この感覚は、二つの言語を日常的に使ってきたから身についたものだと思う。
■ バイリンガルで困ったことは、今のところあまりない
二つの言語を使えることで、一番得したのは、話せる相手が増えたことだ。
日本語で日本の人と話し、中国語で中国の人と話せる。単に会話が成立するだけではなく、相手が普段使っている言葉で話すことで、距離が縮まりやすくなる。
日本と中国の情報を、それぞれの言語で直接知ることもできる。どちらか一方の翻訳だけを通して見るより、理解できる範囲が広がる。
「バイリンガルならではの困りごとはある?」とも聞かれるが、今のところ大きく困ったことは思いつかない。僕にとって二つの言語を使うことは、特別な能力というより、すでに日常の一部になっている。
■ 言葉を残したのは、努力より環境だった
中国語を忘れなかった理由を一つに絞るなら、「使わない日がほとんどなかったから」だと思う。
家族とは中国語で話す。中国の友達とも話す。中国語の動画を見て、ゲームをする。年に一度は中国へ行く。
一つひとつは小さく、どれも勉強らしくない。それでも11年間続けば、言葉を保つ環境になる。
語学というと、教材や試験、勉強時間を最初に考えがちだ。もちろん、それらが必要な人もいる。ただ、言葉を長く使い続けるには、「勉強する」だけでなく、その言葉で誰かと話し、好きなものに触れることも大切なのだと思う。
僕は必死に中国語を守ってきたわけではない。
中国語を使う生活を手放さなかった結果、今も日本語と中国語の両方で、自分の言葉を話せている。
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海外で暮らした経験がある方や、家庭で複数の言語を使っている方は、母語をどう維持していますか。自然に続いた習慣があれば、ぜひ教えてください。
