⑦ソクラテス 答えず、問うことで導いた人
よかれと思って正論を言ったのに、相手が黙り込んでしまった。
そんな経験は、ありませんか。
今からおよそ二千四百年前、けっして答えを押しつけず、問いだけで人を動かした人がいます。
哲学の代名詞のような人、ソクラテスです。
●ソクラテスが伝えたかったこと
・答えを教えるより、問いで気づかせる
・必要とするものが少ないほど、心は豊か
・人生を、ひとつの望みだけに賭けない
・肩書きより、その人の中身を見る
・自分を知ることから、すべては始まる
ソクラテスは、アテネの人でした。
母は、赤子を取り上げる産婆でした。
ソクラテスは、その仕事を、こんなふうに受け継いだと言います。
母は体から子を取り上げた。
私は、人の心から、考えを取り上げるのだ、と。
彼は一冊も本を書きませんでした。
ただ、街で出会った人と、話をした。
それだけで、後の世まで名を残しました。
ソクラテスのやり方は、変わっていました。
議論のとき、彼は「教えてやろう」とはしません。
むしろ、何も知らない生徒のふりをして、相手に質問を重ねていきます。
あなたはそう言うけれど、では、これはどうですか。
それが正しいなら、こちらはどうなりますか。
問われた人は、答えているうちに、自分の考えの穴に、自分で気づいていきます。
彼は、答えを渡しません。
相手の中にある答えを、産婆のように、そっと取り上げるだけです。
ここに、暮らしのヒントがあります。
人に何かを分からせたいとき、私たちはつい、正しい答えを差し出します。でも、差し出された答えは、なぜか、心にとどまりません。
自分でたどり着いた答えだけが、その人のものになります。
だから、いい問いを一つ手渡すほうが、正しい答えを十渡すより、ずっと深く届きます。
家族にも、後輩にも。
教える前に、まず問うてみる。
ソクラテスの、静かな作法です。
彼は、暮らしぶりについても、こんなことを言いました。
私は貧しいが、幸せだ。
何ひとつ必要としないのは神さまだけ。
だから、必要とするものが少ない人ほど、神さまに近い、と。
持ち物の多さではなく、要らないものの多さで、豊かさを測る。
逆さまのようで、妙に腑に落ちます。
ソクラテスの晩年は、おだやかではありませんでした。
七十歳のころ、彼は訴えられます。
街の神を敬わず、若者をそそのかした、という罪でした。
裁判の場でも、ソクラテスは、いつものソクラテスのままでした。
頭を下げれば、助かる道もありました。
それでも、生き方を曲げませんでした。
謝るどころか、私はむしろ褒められてよいはずだ、とまで言い返します。人々の怒りは、いっそう深まりました。
判決は、死刑。
友人たちは、こっそり逃がそうとしました。
牢の見張りは、金で動く。
うなずくだけで、助かる。
けれど、ソクラテスは首を横に振ります。
不当な目にあったからといって、自分まで不当なことをしていいのか。
この街の法に守られて生きてきて、都合が悪くなったから逃げる。
それはできない、と。
最後の日も、彼は弟子と語り合っていました。
魂とは何か。
死とは何か。
そばで泣きだす弟子を、彼はそっとたしなめます。
取り乱すものではない、と。
そして、毒の杯を、静かに飲み干しました。
おびえた様子は、どこにもなかったと言います。
死を前にしても、ソクラテスが手放さなかったもの。
それは「ただ生きるのではなく、よく生きる」という一点でした。
長いか、短いか。
そこではなく、どう生きたか。
彼は最後の一日で、そのことを身をもって見せたのでした。
ソクラテスの言葉を置いておきます。
船を、ひとつの錨(いかり)だけに頼らせてはいけない。
人生も、ひとつの望みだけに賭けてはいけない。
支えは、いくつか持っておく。
答えより 良き問いひとつ 手渡そう・・・
明日は、ソクラテスの弟子、プラトンです。
「かっ」となったその一言で、大事なものを失ったことはありませんか。「怒っている自分に、裁かせない」
プラトンは、心の中の「荒ぶる馬」の手綱の握り方を教えてくれます。
古代ギリシャの哲学者をたどるこのシリーズも、いよいよ佳境。
次のプラトン、そして最後の大トリ「アリストテレス」で、幕を閉じます。最後まで、一緒に走りましょう。
富士山麓からあなたへ。
ボンちゃん。
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