オーディオドラマ「深夜のスクロール」 台本
かれこれ1時間以上、彼とのトーク画面を閉じることができないでいる。これはアプリの不具合でもなければ、何か特別な意図があっての行動でもない。単純に、トークを読み返すのをやめられないだけだ。今彼から連絡が来たらすぐに既読をつけてしまう、という危険性にそわそわしながらも、ゆっくりとスクロールする指が横向きに動くことはなかった。こんな時間の使い方は勿体ないなどと言われるかもしれないが、そんな意見に耳を傾けるつもりはない。大学生の恋愛ってのは、暇な時間全てを当ててなんぼだ。とはいえ常に彼のことで頭がいっぱいというわけではない。脳がふと一息ついたときに、いつも真っ先に浮かんでくるのが彼、というイメージ。これがつまり常に彼のことで頭がいっぱいということなのかもしれないけど。
彼に片想いをして、3ヶ月になる。同じ学科の同級生で、去年までは話したことはなかったのだけど、今学期の授業で同じグループになってから徐々に連絡を取り合うようになった。だから内容は、授業のことが多い。私が分からないところとか不安な連絡事項とかを確認する、みたいな。
彼のメッセージは決して長くないが、なんだか読み返したくなる魅力があった。そして、読み返しているうちに彼のメッセージと、そこに滲み出る彼の性格が好きになった。
彼は決して、「笑」とか「!」とか絵文字を使わない。それでも彼のメッセージには温かみがあるのだ。いやその、「笑」とか「!」とか絵文字を使う人が嫌ってことじゃないよ。私だって使うし、めちゃくちゃ。ただ彼のメッセージはそういううわべじゃないところに気遣いがあるから、「笑」とか「!」とか絵文字がいらないのだと思う。彼は、「うん、」とか「そうだね。」とか、相槌も文字にして示してくる。「今日本当は〜」といったメッセージを送ってくるとき、「ほんと」をひらがな表記にして送ってくる。「ありがとう」と書いてあるスタンプを送る前に、「ありがとう」とメッセージでも送ってくる。些細なことかもしれないが、私の心を動かすには十分どころか、決定打だった。
…でも今の私がしているのは、片想いだ。彼は私に興味などない。そんなの分かんないじゃん!って? いや、分かるんですよ。そもそもね、私は今1時間以上読み返してるけど、それはゆっくり噛み締めた上で何周も読んでいるからであって、1時間かかるような量のメッセージは交わしてない。連絡を取り合うようになったって言ったけど、彼のメッセージから会話がスタートしたことはない。話題も授業のことが多いと言ったけど、授業の話以外したことがない。あと確認してた連絡事項とかも全部確認する必要のないことだった。彼からメッセージが来たらすぐに既読がついてしまうなんて、杞憂でしかない。そもそも見返すものがメッセージしかない時点でお察しである。私と彼の親密度の最高到達点は業務連絡メッセージなのだ。
だんだんと現実が見えてきた。明日は朝からバイトじゃないか。睡眠より回復になるだとか言ってメッセージを読み返し始めた1時間前の私を俯瞰で想像すると、なんとも情けなかった。
流石にもう寝た方がいいと思い、トーク画面を閉じようと画面の左側に伸ばした指の下、彼からのメッセージが送られてきた。えっ、ちょっと何、勘弁してよ!初めて彼から来たメッセージには、送られてきた瞬間に既読がついてしまった。…ご飯に誘われているん、、だよな。これは。あまりの出来事に、自分のリテラシーを疑ってしまいそうになったが、これはきっとそういうことだ。私ともっと話してみたいと思ってたって言ってる。え嘘。もうどうしよう。とりあえず返信しなきゃと思い、「いきたい!!!」と彼の使わない「!」を3つもつけて返信してしまった。嬉しい。嬉しいけどあんまり落ち着かないな。えーお店とか服とかどうしよう。いやまず日程からか。既読早すぎて引かれてないかな? 「!」多すぎたかな?
明日のバイトのことなんてもう心配していられない。というか今のこの数秒間で、睡眠よりも、1時間のトークの読み返しよりも回復したと思う。私の返信に対して彼が送ってきたスタンプでは、ありがとうと言いながら犬がジャンプしている。そのスタンプの上には、「ありがとう」と、メッセージでも送られて来ていた。
作 石塚友笙
一話完結のオーディオドラマ「井戸端モノローグ」
この世界のどこかで生きている、とある人の、一日の、ひとときの出来事。とりとめのない話、くだらない言葉。誰かの日常のほとりに集まろう。
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