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『ある美容師が歩んだ一生』感想

渡邉 里子 著『ある美容師が歩んだ一生』を読みました。
昭和5年生まれの女性によって書かれた本です。

10代で戦争の時代を経験し、その後は美容室を経営したものの、暴力団に騙されて多額の借金を背負うことになった著者の話です。

戦争の悲惨さについては軽く触れられている程度です。
どちらかというと戦後に美容師として歩んだ生涯について語られています。

(子供のころから)毎日一生懸命働いてきました。家電製品もスーパーマーケットも、それどころか水道やガスさえない時代です。子供も労働力として役立てていかないと生活を維持できないのです。

渡邉 里子『ある美容師が歩んだ一生』

著者は農家の出身でした。
この時代の農家の子供が、学校にいる時間を除き、朝も夜も家業を手伝うというのは珍しい光景ではなかったのです。

当たり前ですが昭和初期の戦前の頃は、電子レンジや冷蔵庫、スーパーマーケットなどはありません。
それにしても水道すらなかったなんて、今では考えられないことです。

戦争がはじまり、小学校を卒業した著者は宇都宮の工場に徴用されました。
B29が飛来し、工場に爆弾を落とされ、目の前で人が機関銃で蜂の巣にされながらも必死に逃げました。

戦争が終わり、手に職をつけることを考えた著者は美容師を目指すことにしました。
上京し、銀座の美容院で十年間修業しました。
お金を貯めて、独立のために物件探しをしますが、ここで運命の歯車が狂いました。

著者は物件探しのため、紹介やコネを使わず、目についた不動産屋に飛び込んで物件を探していました。
しかし表向きは不動産屋をしながら、裏では暴力団とつながっているところに著者は足を踏みいれてしまったのです。

著者は開業の話がまとまると、店を開く二階部分のアパートに引っ越しました。しかしなぜか隣の部屋にはいつもガラの悪そうな男たちが4~5人たむろしている様子でした。
彼らの正体はヤクザでした。

著者が美容院を開業し働いている間に、ヤクザどもは勝手に著者の実印をつくり、著者の替え玉となる女性を用意して、様々な金融機関に口座を作り、莫大な借金を作りました。

昭和三十年代は、身分証明書の提出などで本人確認を厳密にすることもなく、印鑑さえあれば誰でも口座を作れるような時代だったのです。

著者は日中ずっと店にいたため、ヤクザどもは郵便物を抜き取り放題だったというわけです。まだ固定電話も一般的ではない時代だったので、著者は自分名義の口座ができたことも、さらに借金をされていたことも知るすべがありませんでした。

他にも小切手帳を作り、それを担保に生命保険会社に勤める人間に借金したり、著者の名義でゲイバーを経営したりといった詐欺行為が継続的に行われ、最終的に著者が負わされた借金の総額は三千万円(今でいうと数憶円相当)になっていました。

著者は仕事が大好きで、お店の経営に邁進していました。
さらに危機意識が低くお人良しだった面もあり、詐欺行為の発覚が遅れる原因となりました。

しかし当然ながら、遅かれ早かれ必ず事態が発覚する時が来ます。

最終的にヤクザどもは、著者を殺して借金を踏み倒そうと考えていました。
もちろんあからさまな殺人ではなく、著者が借金苦で自殺したようにみせかけようと計画していたわけですが、結果的に失敗に終わりました。

ようやく多額の借金の事実を知り慌てふためいた著者は、詐欺事件の主犯の一人である女に言われるままに、借金を月賦で返済するという証書に印鑑を押してしまいます。
その後、警察の介入で詐欺行為は収まったものの、借金は残ってしまいました。

それでも著者は懸命に働き、なんとか借金を全額返済します。
上京し、独立してからの著者の人生は借金の返済に塗りつぶされてしまいましが、それでも著者の心が折れなかったのは、働くことが大好きで、美容師の仕事を愛していたからだと言います。

著者の人生は、苦しみや悲しみの連続でした。
騙され、裏切られ、踏みつけにされたという記憶で、著者の人生は深く苦しいものになってしまいました。

本書は一人でも多くの人に、こうした愚直な生き方をした人間がいたことを知ってもらえればと思い、本書を書いたと語ります。

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