【そのあとの物語】#8:高校時代の手帳に書いた言葉が、呪縛に変わった日。そして、自分に「幸せ」を許可するまでの長い道のり。
私が高校生だった頃、いま振り返るとなんだかちょっとキザだったり、少し青くさかったりするポエムや画像が、同世代の間でよく出回っていた気がします。
私自身は、自分でポエムを書くようなタイプではなかったのですが、本やネットで見かけてなぜか心が惹かれた言葉や、心に刺さった大好きな歌の歌詞などを、手帳の片隅に書き残しておく習慣がありました。
当時はただ「なんかいいな」「素敵な言葉だな」と、直感的にメモしていただけ。 それがまさか、その後の人生で自分の心を支える大きな光になるなんて、思いもしませんでした。
そんな高校時代の手帳の中で、特に私の目を引き、今でも大切に胸に刻まれている言葉があります。
“You are given this life, because you are strong enough to live it.” (あなたにこの命が与えられたのは、あなたにはそれを生き抜く強さがあるから)
学生を卒業し、社会人になってがむしゃらに働く20代を経て、30代に突入し、40代も目前となった今に至るまで、なぜかこの一文はずっと私の頭の片隅に残り続けていました。仕事で壁にぶつかったとき、心が折れそうなとき。この言葉を思い出すたびに、「そうだよな、私にはこれを乗り越えられる強さがあるから、この経験が与えられたんだ」と自分を奮起させ、勇気をもらってきました。
ーーけれど。 最愛の彼を突然失うという、人生で一番大きな出来事を経験したとき、この言葉はそれまでとは全く違う、鋭い「呪縛」となって私に突き刺さるようになったのです。
「強さ」という名の呪い
「あなたにはそれを生き抜く強さがあるから」
あの日以来、私の頭の中で、この言葉は歪んだ方程式へと変換されてしまいました。
「私にそれだけの強さがあるから、こんなに辛い出来事が起こるんだ」と。
世の中には、そんな強さを持ち合わせていなくても、平和で穏やかな毎日を生きている人がたくさんいるように見える。なのに、なぜ私には、こんなにも耐え難い試練が次々と降ってくるのだろう。生き抜く強さなんて、持っていなければよかったのに。そんな風にしか思えなくなってしまったのです。
周囲の友達は、深く傷ついた私をなんとか励まそうと、優しい言葉をかけてくれました。 「こんなに辛い経験をしたんだもん、みーのこれからの人生には、絶対に幸せなことがたくさん待っているよ」
でも、当時の私には、その優しさを素直に受け止める余裕はありませんでした。むしろ、「いや、きっと私はもう幸せにはなれない。これからもまた、耐え難いほど辛い出来事が起こって、私はただそれに耐えて生きていくしかないんだ」と、未来を暗闇で塗りつぶしていました。
占い師の言葉と、溢れ出した涙
彼を失ってから数年が経ち、今の主人と出会って結婚し、少し時間が経った頃のことです。 当時、私の心は不妊治療の真っ只中にあり、焦りと不安でいっぱいでした。「私はいつか、子どもを授かることができるのだろうか」ーーそんな重い気持ちを抱えていたとき、親しい友人に誘われ、ある有名な占い師さんのもとを訪ねる機会がありました。
意を決して子どものことを相談すると、「うん、子どもは出来るよ」と、拍子抜けするくらいあっさりとした、けれど温かい回答が返ってきました。
ほっと胸をなでおろしたのも束の間、その占い師さんは私の目をじっと見て、こう続けました。
「あなたはね、断捨離をした方がいいわ。物だけじゃない。人間関係も、感情も……色んなものをね」
その一言を言われた瞬間、自分がこれまで誰にも見せずに背負い込んできた、何十キロもある重い荷物を見透かされたような気がして、涙が一気に溢れて止まらなくなりました。
気づけば私は、ずっと鍵をかけていた胸の内を吐き出していました。亡くなった彼のこと、彼のご両親との関係、温かく寄り添ってくれる主人の存在、そして、いま自分の心を支配している複雑な感情。
占い師さんは、私のとりとめのない話を、笑顔でじっと聞いて受け止めてくれました。そして、最後にこう言ってくれたのです。
「あなたは、罪悪感から自分を解放しなさい。自分には幸せになる権利があるんだと、自分に許可をあげなさい」
自分に「幸せになっていい」と言えるようになるまで
その言葉を聞いたとき、頭を強く殴られたような衝撃を受けました。
高校時代のあの言葉のせいで、「私の人生には辛い出来事が降ってくる運命なんだ」と思い込んでいた私。 そして何より、彼にはこれから叶えたい夢も希望もたくさんあったのに、それを目前にして逝ってしまった。それなのに、私だけがこの世界で幸せになっていいのだろうか、という深い罪悪感。彼のことを一生愛し続けながらも、今の主人と出会って結婚したことへの、主人に対する申し訳なさ。
私は自分で自分に、「幸せになってはいけない」という罰を与え続けていたのだと、初めて気がついたのです。「私だって、幸せになっていいんだ」という許可を、自分で自分に出してあげてもいいんだ、と。
もちろん、その占いの日を境に、すぐに「私は幸せになっていいんだ♪」と180度明るく前向きになれたわけではありません。
今でも、あの“You are given this life...”という一文は頭にあります。ふとした拍子に、「また何か悪いことが起きるんじゃないか……」と、底なしの不安に引きずり込まれそうになる夜は、今だってたくさんあります。
けれど、前と大きく違うのは、そんなときに自分の手をそっと握りしめてあげられるようになったことです。
「あ、また私の悪い癖が出たな」 「今、目の前にある幸せをちゃんと感じられているからこそ、失うのが怖くて不安になっているんだな」
そうやって、自分のネガティブな感情を客観的に見つけて、認めてあげられるようになりました。
「自分に幸せになる許可を与える」というのは、言葉で言うほど簡単ではなく、今でも日々どうしたらいいんだろうと模索している途中です。それでも、自分の感情の波に気づけるようになったことで、昔のように暗闇の奥深くへ、ただただ没入してしまうことは少なくなった気がしています。
あの言葉は、私に苦しみを与えるための呪縛ではない。 これからは、「辛いことに耐えるための強さ」ではなく、「今ある幸せを、臆さずに受け入れるための強さ」として、もう一度あの言葉を自分の手帳に、今度は新しい意味を込めて、書き直していきたいと思っています。
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