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連載小説 『小論文は、つらいよ』 第4話 密かな監視者

「作文は読んでいて、親しみやすくてソフトな感じがするけど、小論文は何か硬い感じです。理屈っぽい感じかな?」
「ケッコーケッコー、コケコッコ。いいところに気がついたね」

「先生、決めゼリフは、ケッコウ毛だらけ、ネコ灰だらけじゃなかったの」山田がすかさず絡んできた。笑いを浮かべている。

「マンネリ化しちゃったからね。でね、みんなに質問なんだけど、ソフトとか硬いとか、どうして文章にこんな違いが出てくるんだと思う?」

数名の生徒が素早く挙手した。私は後列の生徒を指名した。初対面の生徒とは、なるべくコミュニケーションを取りたかったからだ。

「作文は 、今まで私たちが馴染んできた文章であるのに対して、小論文は現代国語で習う評論文に近くて、意見に対する理由が示されている文章だからです」
「うん、いい線いってるね、君。誰に習ってる?  田村先生だって、なるほどね。作文はさぁ、自由に書かれた文章であるのに対して、小論文は根拠を挙げて、意見や主張を説得的なものにしようと試みる文章なんだよね。比喩的に言うならば、作文は普段着で、小論文は礼服なんだよ。この点がソフトとか硬いとか、そんな印象を読み手に与える原因になってるんだね。だから、小論文では根拠とか理由とか、これがきちんと書かれていないといけないんだよね」

ちょっと早口でまくし立ててしまったかもしれない。この説明で山田は納得しただろうか?  ちらりと目をやると、普段の不敵な面構えが、借りてきた猫のようになっていた。

小論文のような文章は、評論文の読解で説明しているけど、書く機会がほとんどないこと、こうした文章に慣れるには、書くことから学びが始まることを説明した。段階的に字数を上げていくことや、添削を一人でやるには大変だから、AIの力を借りることも説明した。

「じゃあ早速、コミュニケーションについて検討していこうか。レジュメを見てね。200字以内のパーツがあるでしょ。一つの段落といってもいいわよね。ところで確認なんだけど、段落って何のためにあるのかな」

ほとんどの生徒が挙手する。また後列の生徒を指名した。
「文章を読みやすくするためです」

「そうね。これをあらかじめ作っておいて、それを小論文の型にしたがって、つなげていって、最終的に800字以内の答案にしたんだよ、レジュメの解答例は。答案に仕上げる手順は参考になると思うよ。だけど、考え方は、人それぞれだからね。内容は、こうでなくちゃいけないということはないんだよ」

生徒の顔つきが神妙になっている。冗談でも言ってリラックスさせてやりたいところだが、時間がない。授業時間50分の経過時間を意識しながら、授業を展開していかなければいけない。

「さぁ、そこで今日はSNSの問題点を取り上げてみようか。その後、200字以内でSNSの問題点をまとめて書いてみようか。レジュメの解答例を参考にしてね。これは宿題にするよ」

レジュメを読ませながら授業を進めていった。50分の時間経過は、あっという間だった。

職員室の引き戸を開けると、田村先生からすかさず声がかかった。

「車先生、俺にもレジュメをちょうだい。で、うまくいったのかな」
「はい、何とか。200字以内の答案を宿題に出しましたから、明日からが大変そうです」
「明日の授業プランは?」
「コミュニケーションというテーマについて、深掘りをしていこうと思ってます。LINEなどのデジタルなコミュニケーションと、空間的に近接した対面でのコミュニケーションの相違について説明していこうと考えています。生徒の答案は、明日の授業の後に目を通すことになりますから、その時に問題点を拾って、明後日の授業で説明していこうと思ってます」
「テーマはコミュニケーションだけなのかな?」
「AIチャットボットへの接し方とか、環境問題とか」
「手を広げすぎないほうがいいよ。その二つで充分じゃないかな」

美咲が職員室に入ってきた。予期していたとおりだった。美咲の視線が田村先生へと泳いでから、私の目で止まった。私は大丈夫とうなずいてみせた。

「宿題のことなんだけど、問題点というのは弊害があるということなんだよね。でも私、便利なことしか感じないんだけど」
「それはそれで大丈夫だよ。人それぞれなんだからさ。だからSNSの便利なところをまとめてみてちょうだい」
「それと先生ね、初めて授業を受けた子たちが、さくら先生のことを面白いって言ってたよ。でもね、一つだけ問題があってね」

美咲のその言葉に、私の胸はチクリと疼いた。授業の展開は私なりによくできたと思っていたから。

美咲は言葉を続けた。
「席の位置の問題なんだよね。みんな、教卓に近い場所がいいんだって」

私は少しほっとした。授業そのものに、何か問題でもあれば、自信が揺らぎ始めるところだった。でも確かに、席の位置は問題だろう、劇場での座席のように。視覚と聴覚などに影響するだろうから。

「じゃぁ、機会均等にして、毎回、席替えをするか? 美咲はそれでいい?」
「うん、不満が出ないように。私は我慢する」

美咲と相談しながら、明日はまず、前列と後列を入れ替えることにした。会議室に戻って、美咲にも手伝ってもらいながら、長机の上に貼ってあったメモ用紙を貼り替えていった。これでまた作業が一つ増えることになった。でもどの生徒にも満足してもらいたい。席替えの作業が増えることはつらいことだが。

帰り際に美咲が、一つだけ気になっていることがあると言う。周囲に誰もいないことを確認すると、小さな声で話してくれた。それは参加者のある生徒についてのことらしい。私のことを根掘り葉掘り、嗅ぎまわっているそうだ。美咲に言わせれば、その生徒はスパイじゃないかと。そしてセロハンで止めた小さなピンクの封筒をよこすので、私は無意識にジーンズの後ろポケットにしまいこんだ。

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